こんにちは、田原市唯一の特定行政書士・小久保です。

さやか行政書士事務所HP

もうすぐ中年層に突入する私ですが、

今回は、中高年層の雇用問題について、
少し正直な目線で書いてみたいと思います。

このテーマは、
「中高年は大変」
「企業が冷たい」
という文脈で語られることが多いですが、
私は最近、それだけではないと感じるようになりました。

中高年層の雇用問題は、なぜ起きるのか
 

日本では長い間、

  • 終身雇用
  • 年功序列
  • 一つの会社で定年まで働く

という働き方が当たり前でした。

この仕組みの中では、
若い頃は給料が安くても、
年齢とともに賃金が上がり、
最終的には安定した老後につながる、
という前提がありました。

ところが、
経済環境の変化や少子高齢化により、
この前提はすでに成り立たなくなっています。

会社を離れた途端、評価されなくなる現実

中高年層の雇用問題で大きいのは、
再就職の難しさです。

  • 社内では評価されていた
  • 長年同じ会社で働いてきた
  • 真面目に仕事をしてきた

それでも、
会社を離れた瞬間に
「何ができる人なのか」が外から見えにくくなります。

資格や職務内容が整理されていない場合、
年齢だけで判断されてしまう現実もあります。

これは「社会問題」なのか?

ここで、少し厳しい言い方になりますが、
私はこの点について、
すべてを社会や企業の責任にすることには違和感を覚えます。

企業内のキャリアに依存し、
外でも通用するスキルや説明力を意識してこなかった結果であれば、
そこには自己責任の側面もあると感じるからです。

もちろん、
急に職を失うことの不安や大変さは理解できます。

ただ、
「いい大人が働けなくなること」を
すべて社会問題として扱うことには、
慎重であるべきだと思います。

それでも「社会の問題」になる理由

一方で、この問題を完全に個人の責任で片づけられない理由もあります。

中高年層が、

  • 正社員に戻れない
  • 非正規や低賃金に追い込まれる
  • 不安定な生活になる

人が一定数出てくると、
生活不安は社会全体に広がります。

結果として、

  • 社会保障費が増える
  • 労働力が活かされない
  • 国全体の活力が落ちる

という形で、
社会政策の問題になっていきます。

本当に必要なのは「同情」ではなく「備え」

中高年層の雇用問題を考えるとき、
大切なのは「かわいそう」と思うことではなく、

  • 企業に依存しすぎない
  • 自分の仕事を説明できる
  • 時代の変化に対応する

こうした姿勢を、
もっと早い段階から持つことだと思います。

これは中高年だけでなく、
今働いている若い世代にも共通する話です。


中高年層の雇用問題は、

  1. 個人の問題でもあり
  2. 社会の問題でもある

その中間にあります。

だからこそ、
社会は最低限のセーフティネットを整える
個人は主体的に動き続ける
このバランスが重要です。

「守られる前提」で生きるのではなく、
「自分で動ける力」を持つことが、
結果的に自分自身を守ることにつながる。

そんな視点も、
これからの日本には必要なのではないでしょうか。

こんにちは、田原市唯一の特定行政書士・小久保です。
さやか行政書士事務所HP

これまで私は、
「これからの日本に本当に必要なのは、社会保障よりも教育ではないか」
そう考えることが多くありました。

もちろん今でも、教育がとても大切だという考えは変わりません。
ただ、最近いろいろな方の意見を聞いたり、自分の身近な家族のことを重ねて考える中で、
なぜ高齢者が社会保障によって守られるべきなのか。
その理由が、ようやく自分の中で腹落ちしました。
今回は、その気づきを共有したいと思います。

高齢者が生きてきた「時代」は、今とは全く違う

戦争は、決して肯定されるものではありません。
ただ一方で、戦争の時代を生きた人たちが、命をかけて守ろうとしたものがあった
という事実は、切り離して考えることはできないと思います。

日本は敗戦国ではありますが、
戦後、驚異的な復興を遂げ、現在では国際社会の中で一定の評価と信頼を得ている国です。
この立場は、自然に与えられたものではありません。

戦中・戦後を生き抜いた世代が、
貧しさの中で働き、
十分な教育を受けられず、
それでも日本を立て直すために力を尽くしてきたからこそ、
今の日本があります。

「教育を受けられなかった」のは、本人の責任ではない

戦後の混乱期には、
学校に通う余裕がなく、
家計を支えるために早くから働かざるを得なかった人が多くいました。

実際、最近になって
「字を書くことが少し苦手だったんだ」と気づいた高齢の方もいます。
それは能力の問題ではなく、
学ぶ機会そのものが奪われていたという歴史的背景によるものです。

この点は、
「努力すれば何とかなる現代」とは、明らかに条件が違います。

社会保障は「甘え」ではなく「社会全体で引き受ける責任」

だからこそ、高齢者に対する社会保障は、
単なる同情や温情ではなく、
社会全体で歴史的負担を引き受ける仕組み
だと考えるようになりました。

今の若い世代が、
義務教育を受け、
最低限の文字の読み書きができ、
選択肢のある人生を歩めているのは、
その土台を作った世代がいたからです。

教育が大切だからこそ、高齢者も守る

私は今でも、
「これからの日本には教育への投資が不可欠」
だと考えています。

ただ、その教育を語れるのは、
過去を背負った世代が安心して暮らせる社会があってこそ
ではないでしょうか。

日本を守ってきてくれた高齢者を切り捨てる社会で、
若者が未来に希望を持てるとは思えません。


高齢者が社会保障を受けるべき理由は、
「年を取っているから」ではありません。

  • 戦争と復興の時代を生き抜いたこと
  • 教育の機会が奪われていたこと
  • 日本の土台を作った世代であること


これらを踏まえれば、
高齢者を社会全体で支えることは、
むしろ自然な選択だと、今は感じています。

次の世代に「教育」を残すためにも、
その前の世代に「敬意」と「安心」を残す。
そんな社会であってほしいと思います。

こんにちは、田原市唯一の特定行政書士・小久保です。

本日は、私個人の主観もかなり交えながら、日本の財政について少し考えてみたいと思います。
専門家としての解説というより、日々感じていることを正直に書いてみますので、よろしければ最後までお付き合いください。

行政相談はさやか行政書士事務所まで♪さやか行政書士事務所HP

最近、ニュースで
「給付金」「補助金」「税金」「財政赤字」
といった言葉をよく耳にするようになりました。

これらはすべて、財政政策と呼ばれる国の取り組みの一部です。

簡単に言うと、
財政政策とは 国が税金や国債を使って、景気や国民生活を支える方法 のことです。

【財政政策の「良いところ」】
財政政策には、確かに大切な役割があります。
たとえば、

  • 不景気のときに仕事が減らないよう支える
  • 災害や経済危機のときに生活を守る
  • 急激な社会不安を防ぐ

こうした場面では、国が積極的にお金を使うことは必要です。

「困っている人を助ける」という点では、
財政政策は社会の安定に欠かせない存在だと思います。

でも、使いすぎるとどうなる?

一方で、財政政策には大きな落とし穴もあります。

それは、
👉 赤字が当たり前になること
👉 国に頼るのが普通になってしまうこと
です。

国のお金は無限ではありません。
赤字が続けば、将来の世代がそのツケを払うことになります。

実際、海外では財政が行き詰まり、
「働いても生活が苦しい」
「税金が高すぎて物が買えない」
という状況に陥った国もあります。

日本でも、
物価は上がっているのに、給料はなかなか増えない
という声をよく聞くようになりました。

「助けすぎ」は、逆に苦しくなることも

もう一つの問題は、
「頑張らなくても何とかなる」社会になってしまうことです。

働く力がある人まで、
長く公的な支援に頼る状態が続くと、

  • 働く意欲が下がる
  • 頑張っている人が報われにくくなる
  • 結果として、国全体が苦しくなる


という悪循環が生まれます。

もちろん、
高齢の方や、どうしても働けない事情がある方はきちんと守る必要があります。

ただ、
「助けること」と「甘やかすこと」は別
だという視点も大切だと感じます。

本当に大事なのは「お金を配ること」より「稼げる力」

これからの日本は、
少子高齢化が進み、働く人の数が減っていきます。

だからこそ、

税金を上げる前に
支援を増やす前に
一人ひとりがきちんと稼げる社会を作ることが重要です。

そのために欠かせないのが、
👉 教育 です。

自分で考え、
自分で選び、
価値を生み出せる力を育てる。

それが結果的に、

  1. 収入が増える
  2. 税収が安定する
  3. 国の財政も健全になる

という良い循環につながります。

財政政策は、
「困ったときに支えるための道具」
であって、
「ずっと頼り続ける仕組み」ではありません。

助けるべき人はきちんと守る!
でも、働ける人は自立できる仕組みを作る!
その土台として教育を大切にする!

こうしたバランスが、
これからの日本には必要なのではないでしょうか。