ママ、声が出なくなる
私...
今 声が出ない状態です
重度の花粉アレルギーの私、
ポプラの綿が飛び交うこの時期、
毎年恒例なのです。
病院では原因はポプラというより
シラカバ・イネと言われていますが
時期的には毎年ポプラの綿が目視できる時期から
7月上旬まで続きます💧
森進一状態数日からの
完全なるウィスパーボイス状態数日
徐々に場末のスナックママ状態に
変化しつつありますが、
それでも周波数(?)がこどもの耳には
合わないのか、
特に4歳次女には声を聞き取ってもらえない
状態が続いています
例年のこととはいえ、
こうなると子育て生活そのものに
多大な悪影響が生じるんですよね...
「失って初めてそのありがたみに気付く」
ではないですが、
本当に声というものが
いかに重要であるかを
身に染みて感じています
家の中では
離れたとてたった数メートルの距離ですが、
「○○ちゃん」と呼びかけるだけでも
一日のうちにこんなにも何度も何度も
その必要性があったのかと思い知り、
それが叶わないとどれだけ不自由で
どれだけイライラするものか…
それも初日で嫌というほど
思い知りました
以後、この数日は
娘達に呼び掛ける為にこのベルも活用中💧
教育ママなら尚困る
そういうわけで、
「声が出ない」ただそれだけで、
日常生活・子育てにも
大変不自由な状況なのですが、
久々にこうなってみて
凄く感じるのは
この状況は
こども達の教育にも
とっても難ありということ
私、
「もし教具・教材をすべて失ったとしても
こどもを伸ばすことはできる!!」
(『何に取り組むか』が大切なのではない)
と常々申しておりますが、
「では必要なのは何か?」
というのが分かった気がします。
それは〝ママの声〟
つまり〝言葉のキャッチボール〟
いわゆる〝知育取組〟をしている時間、
〝勉強〟をしている時間、
こどもが教具・教材とただ向き合っていることで
なにかを学び取ることよりも、
その時間に
寄り添うママからどんな言葉が降ってきたか、
どんなやり取りをしたか、
それがいかに重要であるかを感じます。
更にいえば、
そもそも知育取組や勉強をしている時間以外、
つまり日常生活そのものや
親子の他愛ない会話、
それこそが
なによりの教育の機会 なんですよね...
今、
私は何より大切なそれを
失っていると感じます
いつでも声が届く
〝限られた今〟
特に〝健康〟なんかが良い例ですが、
何事も、
「不自由になって
その有難みに気が付く」
ほんとそうですよね・・・
みなさん、
お子さんにいつでも
思い通りに声を発せられること、
大切にしてくださいね
今回私は健康上の事情で
このような事態に陥りましたが、
よく考えてみれば、
当たり前のことながら
こども達が親元を巣立ってしまえば
物理的な理由でこうなる未来も
いつか間違いなくくるわけです
独り立ちしないまでも、
こどもの成長と共に
親子で一緒にいる時間が減ったり…
思春期・反抗期で
あまり会話をしてくれなくなったり…
そんなことも考えられます。
そう考えると、
こどもとの
言葉のキャッチボール
日頃から一層大切にしなければ
そう思えますよね
早く声が元に戻って
娘たちと
たくさんお話がしたいです
みなさんも
お子さんとたくさんお話し
してくださいね
みんなえらい‼️ 頑張れ~🔥💕
【長女 小5・次女 年中】
【過去記事】