いつでもはるかぜ。 -3ページ目

いつでもはるかぜ。

はるかの日常にっき。

体も脳も疲れているのに眠れないのは何故だろう。

体だけがだるくて気分は比較的重くない「うつ」・・・。

初めてでわからない。

ただ眠りたいのに眠れない。

睡眠導入剤が効くのを待つだけだ。


真夜中は私にとって最悪の事件が起こった時間帯。

厭でも目が覚めるのかもね。
初夏ですね。暑いです。

はるかの苦手な季節がやって来ました。

体にとっては動きやすい気温かも知れませんが気を付けないと精神状態はめちゃんこになります。

最近またすごくだるくて休日に思ったことがなかなか出来ずつらいです。

もう少し体力がつけば良いのになぁと思います。

はぁーしんどーい。

って最近いっつも考えてるから(笑)

こういう時は例の趣味に限りますね!

逃避だ逃避~☆

これはずっと前から起きていることではないと思う。

最近感じる違和感。

楽しく過ごせる友人の中にもう彼女はいないのかもしれないと思うと私は寂しくなった。

最近、彼女は私と会っている時に平気で携帯メールをチェックするようになった。
全く悪気はない。
しかし私にとっては不快極まりない行動だ。
以前はそんな非常識なことをするような人ではなかったのに、一体いつどこで変わってしまったのだろう。

思えば2年前、前の彼氏と付き合いだした頃から頻繁に携帯を気にするようになっていた。
はじめは付き合いたてで浮かれているからと見逃していたが一ヶ月経ってもその癖は治っていなかった。
その姿はケータイ依存症と呼ばれる高校生の姿と重なり、私は無意識に薄い壁を感じていた。
そしてその後彼女が付き合いだして二ヶ月経った頃、その男性と結婚すると連絡があった。
私はショックで半年間連絡を絶った。
ショックだったのはたった二ヶ月で結婚を決めたことではなく、相手が一回りも年齢の離れた男性だったということだ。

もっと過去を振り返る。
彼女が彼女であった頃、彼女は自宅で猫を飼っていた。
周囲が小馬鹿にするぐらいその飼い猫を溺愛していた。
猫のために定時で上がって帰宅するような人だった。
しかし猫は両親のいる別宅へ引き取られ彼女は一変した。
仕事を終えて夜遊びをするようになったのだ。

正確には夜遊びをし始めて猫の世話が出来なくなったために両親宅に引き取られたと言うのが正しいだろう。

当時の私は猫離れが出来て良かったと安堵していたがそこから2年、

彼女と私の間には少しずつ溝が出来始めていった。

大学時代からほんの一年前までは一番心を許せる友人だった。

でも、もうその彼女はもういない。

人間が変化を遂げるのは仕方のないことである。
また、私が感じる彼女が私に合わないと思うのであって、

社会的に、他人から見たら普通の女性なのかも知れない。
ただ、以前を知っている私にはもう心優しい礼儀正しい彼女がいないのであれば付き合う必要などどこにもない。

残念だけど少しずつ距離を置かなければならない。

私はプライベートで仕事の話をすることがとても嫌いである。
そんな日本人の特性は私の気性には合わない。

キャリアアップを目指すことは悪くないが、その話を聞いた相手の中には苦痛を感じる人もいると考えてほしかった。
ただ彼女はそんな余裕すらない現状なのだと思う。

社会人としてまずは人を思いやること、人の気持ちを考える力を身につけてほしいと思う。
そしてふと気がついた時に周りが見えていなかった自分を反省してほしい。

何年後になるかわからないがいつか再度良き友人として会うことが出来ればこれ以上嬉しいことはないと今の私はそう思う。

また夢の話。


好きだった人の夢。

1/31とは違う人。笑。
中学の某部の部長。>未来の自分へ

残念なことに真剣に人を好きなった経験がもう13年前の出来事で、今はまったくときめかない。


おや?


精神病の私になんて日記なの!?


と思ったみなさん、私だって普通の人間だったんですよ。
今はスポーツ選手にときめくくらいで寂しいです。

さて、冒頭のお話に戻りますが、ある大会に出ていた私は好きだった人が見に来てくれる予定だった。
しかし仕事で来れなくなる。
大会は行けないけど自分には会いに来てくれると言って電話を切った。

そこで夢は終わって、幸せな気分で目覚めた。

夢を見たのに、充実して起きられるなんてすごいと思う。

それに。



好きという力の威力が何よりも一番すごいと改めてわかった。



あの時の自分、可愛いな。

また、もう一度誰かを好きになれると良いと思う。


いつか彼らと3人で写真を撮りたい。

真ん中にはウェディングドレスの私。

・・・だといいなぁ。

でも出掛けるには準備がかかるのでベランダに出てみた。

ひさびさのお洗濯。
天気のいい日はいつも布団が干したいと思うけど、20回思って1回実行できたら良い方だ。

だから洗濯機を満タンにして洗濯した今日はすごい日。

調子が良ければね、こういうことだってできるんだよ。
だからあんまり自分をダメだダメだと責めるのはやめようと思う。

でも、きっとまた自分を責めて生きていることに疑問を感じたりする日がくるだろう。
だけどその都度悩んで苦しんで泣いていけばいい。

昔、私はこう思っていた。

楽しいことがあると苦しいことがあった時に余計に苦しいから楽しさなど要らない。
苦しみだけで生きていけば苦しいことがあってもそんなに苦しくない。

だけど、それは違うとやっと理解できた。

苦しいことは自分を乗り越えるきっかけで、その苦しみを乗り越えるから楽しいことが待っている。

苦しいことを苦しいと思えるのはそのことに対して自分が勝てずに頑張っている証明。
そんな戦いをしている私はまだ生き続けたいんだと思う。

苦しみから逃げたらたぶん普通の生活には戻れないと思う。
だから逃げないことに決めた。

この先何度も涙を流してこのやろうなんだこの人生ばかやろうって思うと思う。

でもね。

そう思いながら生きることは悪くないよ。
いつまでも問いながら、模索しながら生きていけば良い。

それがわたしの生きる道、だから。

面倒だけど不器用だけど、そういう風にしか進めないならそれでいいんじゃない?


自分を認めること=生きること


だと私は思う。