これまで、フルート材料の物性に着目し、出音が材質によって変化しそうな要素を検討してきました。


 その結果、管内で1秒間反射した音波は、

 洋銀: 96.852% (100分の3.15減少)
 金:  97.861% (100分の2.14減少)

 このように、材料だけに起因する反射損失を見ると、洋銀と金では1秒後に約100分の2から3程度出音が減衰していることがわかり、


 管を透過する音波は、管内の音波の大きさを1とすると、



 洋銀: 0.0251000分の25
 金: 0.0061000分の6

 このように音波が透過することが判りました。

 これより、洋銀と金の比較では、実に音圧レベルで100分の3程度という大変小さな差異しかありませんが、この数値だけを見て人間が感知できないと言い切るわけにはいきません。



 人間が感知可能かどうかを確認する最も直接的な方法は、フルートの材質を判らないようにして音を出し、十分に鍛錬した聴衆がそれを聴いて違いが判るかの実験(ブラインドテスト)をすることです。


 以下の章では、国内/海外で行われた聴衆のブラインドテスト、演奏者のブラインドテストに加え、研究者がそれぞれの視点から検討を行った文献を紹介し、その結果を皆で見ていきたいと思います。



4. 文献1: (題名)銀、金、プラチナ  フルートの音色】

(原題)SILVER, GOLD, PLATINUM - AND THE SOUND OF THE FLUTE
(原文ドイツ語)
Matthias Bertsch(工学博士) Ass. Mag.大学

http://iwk.mdw.ac.at/Forschung/english/linortner/linortner_e.htm

 ウイーンフィルハーモニーオーケストラ所属のプロ奏者や、100人を超す音色鑑定者を駆使して体系的に検証を試みた論文です。


 フルートの材質と音色(その6)で本論文の要約を示します。



           フルートの材質と音色(その6)へ
















3. 音波の透過損失】 




 前章ではフルートの管内部で多重反射した音波の減衰を考えましたが、次は音波の透過について考えます。



 前章で述べたように、フルートの出音は管の開放部分(唄口やトーンホールや端部の開口部)から放射される音(前章で検討)と、フルートの管を透過して空中に放射される音(この章で検討)の合成と考えられます。





(その1)でも書きましたが、フルート管内気柱の定在波による音圧は小さすぎるので、剛体であるフルートの本体を共振させないことがはっきり判っています。 従って、ここでは共振には触れません。





 音波の透過損失とは、空中で鳴っている音が壁を通り抜けるときにどのくらいの割合で透過するのかを表す指標であり、家屋が密集している最近の住宅事情より、防音の観点から建築業界では深く研究されています。




 大きな音でカーステ鳴らした車が通り過ぎたときや、下の階の部屋で鳴っているステレオの音は、ベース音だけがやたら大きく聞こえることからも判るように、音波の透過損失は音波の周波数によって異なります。



 その簡易計算式はこのようになっています。




 TL = 18 log (f×M) - 44



TL:音波の透過損失(dB)  f: 音波の周波数

M: 材料の面密度




結果はこんな感じ。



 ここでは、オーケストラがチューニングに使うA音(440Hz)の1オクターブ高い音(880Hz)を例にとって計算してみました。




AKIRA F くまのブログ


 それぞれの材料に対して、フルートで実際に製造されている標準的な肉厚で計算しています。




 例えば木管なら3mm、洋銀なら0.3mmという具合。



 表を見ると、洋銀の管を通り抜けた音は、管の中で鳴っている音の16.5dB小さい音。 ということが判ります。




 16.5B は約0.025なので、これは1000分の25の大きさの音が管を通過して空中に放射されていることをあらわしています。



 同様に、金製の管を通り抜けた音は22.7dB。 これは管の中で鳴っている音に対して1000分の6の大きさの音が透過しているということです。






 フルートの出音が、管内部から直接空中に放射された音成分と、管壁を透過して放射された音成分の和ということを考えると、外に放射された音の合成の成分は次のようになります。



洋銀: 直接空中に放射した成分 + 管の壁を透過して放射した成分

     = 1 + 0.025 = 1.025




金:  直接空中に放射した成分 + 管の壁を透過して放射した成分
    = 1 + 0.006 = 1.006



 例えると、1025人の合唱団と1006人の合唱団が出す音の違いということになります。






 大変小さい違いですが、人間の能力は一般的な予想を上回って遥かに優秀であることが多いので、あるいは人間にも感知可能かもしれません。



 それについては文献調査の章で検討します。






 これでとりあえず物性の基礎的な確認を終了し、次の章からは国内/海外の技術文献の紹介に入りたいと思います。





フルートの材質と音色(その5)へ














































































2. 音圧反射率】

 フルートの内部で発生した音波は、フルートの管壁に何度も反射して共鳴し、音になるわけです。

 それではまず、空中を伝わる音波が管の壁にぶつかったときに、いったいどのくらい反射するのかという問題を考えてみましょう。


 反射するときの反射率が大きいほど減衰が少なく(つまり長く響く)、反射率が小さいと減衰が大きい(すぐに消える)という違いになって聞こえると考えられます。

 音波の反射率は音響工学の基礎の基礎。 教科書の2ページ目くらいに書いてあります。

 空気を伝わる音波が固体の壁にぶつかったときの反射率を R (%) とすると、


 R(%) = (Z2-Z1)/Z2+Z1) × 100


Z1: 空気の音響インピーダンス  Z2: フルート材料の音響インピーダンス

表 空気を伝播した音波が各材料にぶつかったときの音圧反射率(%)


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 空気の音響インピーダンス(429)が固体材料(例えば洋銀33,582,000)に比べて約8万分の一とあまりにも小さいので、全ての材料で99.9%以上の反射(ほぼ全反射)になっています。


 ちなみに洋銀の音圧反射率が99.9972%。 金では99.9985%。


          その差0.0013% (百万分の13)。

 ただし、これは音波が管の壁に1回反射したときの反射率ですので、何度も反射すると、例えば洋銀なら


 1回目の反射での反射率=99.9972
 2回目=99.9972×99.9972
 3回目=99.9972×99.9972×99.9972

 n回目=99.9972%のn乗


 になり、反射を繰り返すほど、音の大きさは小さくなっていきます。

 ちなみにフルートの管長を30cmとすると、

 音速は320m/secなので、1秒間の間に

 320(m)/30(cm)=320/0.31066


 1066回の反射が起ることになります。

 1066回目に反射した音波の大きさは、元の音波の大きさを1とすると


 洋銀:99.9972%の1066乗 = 96.852
 金:99.9985%の1066乗 = 97.891

 音波の空中での伝播減衰など、共通の減衰条件は考えず、材料だけの影響で変化する減衰を計算すると、出音はそれぞれ1秒後には


        洋銀: 96.852% (100分の3.15減少)
        金:  97.861% (100分の2.14減少)

 に減少しています。


 この違いを果たして人間が感知可能かという問題は、(その5)以後の海外/国内研究文献の項で検討します。


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