ファスティングセラピストさわぴーです。

その24からの続き

 


家を建て替え中の借家暮らしの時の話まだまだ続きます。

 

ある時佐賀県の区役所から電話がかかってきました。
私は熊本県出身なのですが、佐賀に8歳の時生き別れた母が住んでいました。(その話はまた後日)
 

疲れて、昼寝をしていたので、寝ぼけたまま電話にでると、でんわの向こうで、聞きなれない男性の声がしました。
 

電話の内容は

「お母さんが、今危篤状態で、自発呼吸が難しくなりつつあるから、

人工呼吸器を付けなければならない状態になった時の承諾書が必要なので、すぐ病院に行って下さい。」

というものでした。

 

私は、4人兄弟で兄がふたり、妹がひとりいますが、私の他に誰も行けないというので、私が行くことにしました。

 

いざ行こうという時になって、夫が

「俺を置いていくのかー!」

と叫んだので、連れていくことにしました。

 

電話を貰って着の身着のままの服に長めのコートを羽織って急いで、タクシーを呼んで、新幹線の止まる一番近い新横浜駅に向かいました。

 

佐賀まで行くには、新幹線で、博多までいきたかったのですが、直通は5分前にでたばかりだったので、行けるところまで行って、そこで寝台車に乗り換えて博多駅に向かいました。

 

電車の乗り換えも、夫が歩くのが大変だったので、途中の行った先の駅で車椅子を借りました。(どこの駅かも覚えていません)

寝台車では、夫が夜中にパンツ一張で、トイレに向かったので、あわてましたが、戻って服を着てると、間に合わないというので、そのまま連れて行きました。途中で誰かに会わないか冷や冷やしました。

 

次の朝、博多駅に着いたとき、佐賀方面に行く始発の電車が私たちが降りたホームの隣のホームにいたので、車椅子を借りてる暇はないと思って、私が先に行って、運転手さんに足の悪い夫が今この電車に歩いて向かっていることを話したら、夫が乗るまで、出発時間を伸ばしてくれました。

ようやく佐賀の駅までたどり着くことができました。
横浜から佐賀まで普段乗り慣れない電車で一人で行くのも慣れない中、歩けない夫を連れての移動は本当に大変でした。

私が行かないと(書類をサインをしないと)人工呼吸器をつけられない。
火事場の馬鹿力、一刻も早く病院に行かなくては!という責任感の強い長女気質が現れたので、できた出来事でした。


26(後編)に続く