ごきげんよう!さわこです。

今朝のデボーションです。

 

 

今日の聖書通読はローマ書10章

「律法が目指すものはキリストです」ローマ10の4

 

「あなたの口でイエスを主と告白し、

あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、

あなたは救われる」 ローマ10の9

 

ユダヤ人とギリシャ人の区別はありません。

「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。 ローマ10の12,13

 

 

ローマ10章12〜20節長いので要約してみました。

 

しかし、聞いたことのない方をどのようにして信じるのでしょうか。

宣べ伝える人がいなければどのようにして聞くのでしょうか。

ですから、信仰は聞くことから始まります。

キリストについてのことばを通して実現するのです。

しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。

また、イザヤは大胆にもこう言っています。

「わたしを探さなかった者たちに、わたしは見出され、わたしを尋ねなかった者たちに自分は現した」と。

 

長いクリスチャン生活でパウロのこの言葉を体験しなかった人はいないのではないでしょうか。

ですから、諦めずに祈り続けます。祈りは神様との対話であり、交わりですから。

魂の呼吸ですから。

イエス様は、諦めないでしつこく祈り続けよと、様々な譬えで教えてくださいましたから。

 

 

今朝の学び、

安息日学校聖書研究ガイド6月19日より

 

人間は、自分が見ている人に似る傾向があります。

人間の手本は、みな不完全ですから、

クリスチャン家庭のあかしも

また完全無欠なモデルではありません。

 

キリストに倣う人に倣いなさいとは、

誤りを犯しがちな人間の生活を中で、

実践されているキリスト教信仰を見て、

キリストに倣う人に倣うことを理解するのです。

 

 

マラナ・タ

キリストに倣う人に倣うとは、

キリストに倣うということをならうのです。

倣うのは、キリスト様です。