ごきげんよう! さわこです。

「読みのスリルとサスペンス」この本は、今年の一月、茶の湯の親友と美術館に行って昼食を共にした時に、紹介してもらった本だった。
彼女の幼馴染の書いた本だと言う。
「絶対、さわこさんの好みにあうわ。」
この一言で、早速、購入。
著者は広井護さん、中高一貫校で長年国語教師として教鞭をとっていらっしゃる方。

私にとって国語と歴史は好きな科目だった。高校を卒業してからも、国語と歴史の教科書は捨てられず、その後20年近く後生大事に本箱に鎮座ましていたほどだ。
小学・中学・高校と、何年生の時の国語の教科書にこんなことが載っていた・・・と今でも覚えているくらいだから、私にとって国語の教科書は楽しいものだったに違いない。

高2の時、サンテグジュベリの「夜間飛行」が現代国語の教科書に載った。その後クラスではサンテグジュベリブームが起きて、「星の王子さま」を多分クラス全員が読んだのではなかったか(笑)

早朝の希望者対象の補習授業は、「枕草子」「更級日記」「徒然草」など授業では網羅しきれない古典だった。

今にして思うのだけれど、国語や日本史は、子供を日本人として造り上げていく重要な役割があるのではないだろうか・・・ということだ。
そして、世界史は、世界史の中における日本を客観的に見ることができるものだ。
私にとって国語と歴史は、お楽しみの領域であって、勉強という意識すらなかったのかもしれない(笑)

中学一年生の時、そのころ謡曲を学んでいた両親に連れられて能と狂言を見に行った。
狂言は楽しめたが、能は分からないなりに強く印象に残った。
次に能をみたのは、高2の時「葵の上」だった。吸いつけられるような衝撃を受けた。
その後、歌舞伎も何度か見る機会もあったが、能・狂言の方が私の感性に響くのだった。

分かる、分からないはともかく、子供時代に日本の古典文化に触れておくということは日本人として重要なことではないだろうか。

国語の授業は、日本人が日本人であるために、とてつもなく大事なことなのだ。
今、再び中高生に戻って、広井先生の授業を受けたら、どれほど楽しいことだろうかと思う。
しかし、広井先生の学校に入学できるかどうかが先ず問題ね(笑)

さて、私の好きな国語なのだが、テストの結果がどうして〇ではなくペケがついたのか、納得のいかないことも多々あったのだ。

広井先生の本を読みながら、そうか、あれは私の「主観読みだったのだ」と〇十年経ってようやく納得した次第である(笑)

この主観読みと客観読みについての広井先生の説明に、私は甚だ共感したのだった。


その理由について書いておきたいと思う。
私はキリスト者となって四半世紀が過ぎた。
洗礼を受けてからの十年は、聖書を部分読み、主観読みばかりしていた。

ある時、小学校の校長先生をしている方から「あなたはクリスチャンだということですが聖書を何回読みましたか?」と尋ねられた。
私は返答に困った。「何回?」あちこち部分読みをし、気に入ったところ、慰めを受けたところは何回も何回も読んでいる。しかし、聖書全体を通して何回読んだか?と尋ねられて、創世記から黙示録まで通して一回も読んでいないことに気づかされたのだった。

恥ずかしさが込み上げてきた。これでは、いけない。イエス様に申し訳が立たない。せめて一回だけでも読み通さなくては…と決心を新たにした。
一回目の通読には二年間かかってしまった。わからないところ、つまらないところ、血なまぐさいところ、投げ出したくなるときもあったけれど、イエス様に申し訳ないという一心でなんとか、読み通した。
そのころは、気に入った聖句については、何度も読み、ノートに書き抜き、主観的に読みこんでいた。
二回目の通読は一年間で終了した。
そして、一年に一回のペースで読み続けて、今は14回目を読んでいる。
つまり15年間、毎朝の聖書通読が持続出来ているのだ。
私はこれこそ、神様が私にくださった恵みのひとつだと深く感謝している。

では、通読の出来なかった10年間の聖書の読み方は無駄だったか?
良くない方法だったか?否!そうではない!

礼拝説教、祈祷会、家庭集会、修養会、そうした時に合わせて選ばれた聖書の箇所であったから、いつもイエス・キリストに焦点があっていた。
つまり、私にとって聖書通読をするための準備期間だったのだ。
旧約聖書の中に新約聖書で知ったイエス様の姿が見えてくる。
全体から、文脈から、主題が見えてくる。
つまり、「客観読み」をした上で、初めて自分に適応させた「主観読み」へと導かれるのだ。
徹頭徹尾、聖書を「主観読み」だけをしていては、自分を中心に置いた読み方となる。
イエス・キリストを中心に置いた読み方から徐々にズレて行く。

つまり、聖書をヒューマニズム的に読んだり、社会派的な理解になったり、感傷的なものとなったり、政治的に利用しようとしたり、と言う結果になりかねない。

まず客観読みをしてから、その後で主観読みをするならば、ぶれること、ずれることから守られるということだ。

客観読みをするためには、神様の導きを求めて祈ること、時代背景を知ること、ヘブライ語・ギリシャ語の語源を知ること、全体から、文脈から読み取ること、良い解説書を読むこと。西洋キリスト教での神学を前提としてしまわないこと、聖書を忠実に読むと、かみ合わない神学があることに気がつくようになるはずだ。

主観読みということの中には、自分の感性・価値観に合わせて読むことというばかりでなく、既成の神学を、聖書に照らして正しいか間違えているかを、自分の目で確かめずに信用することも含まれる。
14回の聖書通読の中で、そういうことを考えるようになった。


さて、この本を読み終えてすぐ、反抗期真っ只中の我が子に手を焼いている友人に
「舞姫を読む」の3章「豊太郎の反抗期のなぞ」をコピーして渡した。
中学生の娘の「反抗の謎」に頭を抱えている彼女に、ヒントになるのかもしれないとおせっかいにも思ったのだった(笑)

本の中に生徒の感想文が紹介されていた。

「豊太郎の『自我の目覚』というのは、中学二年頃の自分とよく似ていると思った。あのころは反抗期だったので、親や先生にいろいろと反抗して困らせた。豊太郎は、25歳にもなって、まだ反抗期しているのかと思って、あきれてしまった。」

この感想文に、広井先生は
「なるほどと思った。豊太郎の『穏やかならぬ』心は、たしかに反抗期の心理として説明できる。教育学に『自分くずし』という言葉がある。
子供は、親や教師からほめてもらうために、幼児期から必死になって『良い子』を演じる。そうやって『良い子』の自分をつくってゆくのである。
ところが、ある時期から子どもは『自分くずし』を始める。つくられた『良い子』の自分を解体して、新しく『自立した自分』をつくりだそうとあがき始める。
これが思春期=反抗期だ。
この時期の中学生は、教師の名前を呼び捨てにし、母親の名前を呼び捨てにし、母親に向かって『くそばばあ!』と罵声を浴びせる。しかし、内心は、きわめてナイーブで傷つきやすく、孤立感にとらわれやすい。精神的に大きく揺れるこの時期に子どもたちは自立のきっかけをつかむ。・・・中略・・・

「これまで意識していなかった『主体的な』自分が目を覚まし、親や上司によってつくられて来た『良い子』の自分をせめたてているように感じられる」
はじめからこういえばよかったのである。

この説明は、生徒たちに非常にわかりやすいようだ。自分たちがくぐり抜けてきた思春期の心理とリアルに重なるからだろう。
わたしは、授業の中で『思春期論』を語るようになった。
ところがこう説明しても、生徒たちの中には依然として釈然しないものが残るのである。・・・それは、豊太郎が明治時代の高級官僚であり、25歳の社会人であるということからきている。
当時としては立派な大人である豊太郎が、なぜ中学生の反抗期のような『幼い』心理を生きているのかということだ。しかもそれが、『近代的自我の覚醒』という大げさな言葉で呼ばれる。そのことの意味がわからないのである。
この疑問に答えるには、発想の転換が必要だ。豊太郎が中学生的なのではなくて、中学生が『豊太郎』なのだと考えてみるのである。
現代の中学生たちは、(豊太郎が象徴する)明治期の先覚者たちの経験した『自我の覚醒』を、100年遅れで追体験しているのではないだろうか。」


私は、友に「広井先生の解釈によれば、『自我の目覚め』として捉えられるってことかしらね」と言ってみた。
「あなたのお嬢さんの反抗というカタチでの『自我の覚醒』は、鴎外の『舞姫』の主人公の豊太郎現象だと思ってみてみると、なんだか、『文学的』にも思えないかしら」
と彼女の笑いを誘って、気持ちを楽にしてあげる手伝いとならないかしら・・・
この作戦は、たいして効果は上がらなかったようだった(笑)

私は、母親から「あなたには反抗期はなかった」といわれるような娘だった。
友も「母親に対して尊敬できない気持ちをたっぷりと持っていたけれど、それを反抗という形では表さなかったの。何倍にもなって返ってくるから怖かっただけなのかもしれないわね。母にひきかえ、祖母はとても尊敬できるやさしい人だった。あの祖母から、どうしてあんな自己中心的な娘が育ったのかは不思議なのよ」

そういう会話を交わしながら、単純に「自我の覚醒=反抗的行為」に結び付けられないケースを生きてきた友と私であったことの確認となってしまった(笑)


以下、私の仮説であるとして、広井先生はこう書いている。
前近代社会には、人間は二種類しかいなかった。「大人」と「子ども」である。大人でもない、子どもでもないという「青年期」は存在しなかった。当然「反抗期」もなかった。・・・
こども時代が終わると、人々はそのまま大人になったのである。個の意識を育てる青年期がないために「大人」たちは、「自分」の存在を「家の一部」「藩の一部」「村の一部」としてしか認識できなかった。
そういう封建社会の中から「家の一部」でもなく「国家の一部」でもない「自立した自己」の意識を持った個人が出現することは一種の革命だったに違いない。それは、一般大衆の経験できることではなかった。・・・江戸時代に幼年期を送った明治初期の「大人」である豊太郎は、思春期も青年期も経験していない。豊太郎が、現代の中学生のような幼い「反抗」によって「自我の目覚め」を表明し始めたのは、無理からぬことだ。それは当時の日本社会においては、十分に危険なふるまいだったのである。
日本の「青春」はこのようにして始まったのだ。それが「近代的自我の覚醒」という「大げさな」言葉で呼ぶにふさわしい精神的偉業だった。その偉業を現代の中学生たちは、それと知らずに重大で継承しているのである。――ここまで語りこんで、初めて生徒たちの顔に納得の表情が浮かんだ。」

広井先生のこの仮説での締めくくりに、いくつかの疑問を・・・

先ず、江戸時代を「前近代社会」と呼ぶことですが、西洋文明が入る以前の日本を「前近代社会」という位置づけることを私は違和感を持つのです。西洋文明を基準として、分類していいものだろうか、とも考えるのです。
次に「青年期は存在しなかった」ということ。また、自分の存在を、「家、藩、村、国家」の一部として認識することは、つまり、自分のアイデンティティを持つということにつながるのではないか、と私は思うのです。それがなければ、浮草のようではないでしょうか。人間は「何か」「どこか」に所属することで、その中の「私」としての「個」を認識できるのではないか、と私は考えていましたから、この仮説に納得の表情を浮かべることができなかったのです。


マラナ・タ
本を紹介してくれた友に、読み終えるなり、メールを送った。
「共感したこと、考えたこと、そのうちに、読書感想文書くからね。
書かないではいられないほど、楽しく読めたわ」

と彼女に言ってから、4カ月が過ぎてしまった。
舞姫の3章だけで、だらだらとこんなに長く書いてしまった。

学校に提出する読書感想文ならば、こんなのではいけないね(笑)