ごきげんよう! さわこです

主イエスご自身が言われました。
「わたしが道であり」ヨハネ14:6


使徒言行録でもイエスの教えを「この道」と呼んでいます。

「○○道」と言って、日本には武芸や修行を重んじる文化があります。

さすれば、日本人は「御言葉の道」を究めることへのチャレンジも受けやすいのではでしょうか。


以前、「天国の人」という中国人の牧師の書かれた本を読みました。
人に貸したままになっているので、著者の名前を思い出せないのですが。
その方が、苦労してようやく聖書を手に入れ、聖書をまるごと暗誦していくのです。

数日間で「マタイによる福音書」を暗誦されたところを読んで、ただただ驚いた。

一節でも、暗誦には苦労する。
一章を、暗誦するのに(例えばイザヤ53章、ヨハネ1章、コリント第一13章など)何日もかけてようやく覚えたのに、暗誦を更新し続けないと、もう忘れているのだ。
内容は忘れていないのだが、一字一句、正確に言えなくなっているのだ。


キリスト教が迫害されているところでは、神様の憐れみの霊が強く働かれて、このようなことがおきるのだろうか・・・などと思ったのだ。

聖句や聖書を暗誦するのは、なんと大変なことだろう。

それも、ずっと持続的に覚えている人は覚えるのが早くなるという。

以前、私が熱心に暗誦していた時には、それを実感できた。
しかし、ここ数年ほど、怠けてしまうと、覚えるのに苦労するようになった。



「聖書通読にチャレンジしよう」
で、下川先生が書いておられた。

「40日40夜の断食のあと、主イエスがサタンに答える場面で「聖書に書いてある」と三度もくりかえしておられる。
私たちの主イエスがこれほどみ言葉に根差しておられるのに、私たちが主観や経験に頼っていいわけがない。
もっともっとみ言葉にしがみついていかなければならない」



「しがみつく」という表現を、「行いによる義」とか、自力による信仰などと取り違えないように。(笑)


マラナ・タ

♪だれでも 主イエスに よらないでは
父のみもとに 行くことはできない
主イエスは  真理 命です

主イエスは  真理 命です