102歳

 

親戚の大伯母が

102歳の命を全うされました

大往生でした

 

お通夜で

大伯母の人生に耳を傾ける

大正のお生まれで

昭和 平成 令和と4つの時代を生きてきた

 

わたしが大伯母を知ったのは

仕事を引退されたあとで

すでに ご隠居さんをされていた

いつも

ニコニコと穏やかな笑顔が印象的な方でしたが

ご親族のお話では

いつ寝ているのか?と思うくらい

若い頃は働き者だったという

 

お通夜で

お坊さんの法話に耳を傾ける

 

お通夜の場は

亡くなられた方のメッセージ(教え)を受け取るためにある

と お坊さんのお話

 

心静かにお経を唱えながら

そこに(お通夜)に集うみなさんが

死者から何かを受け取る場だということで

わたしもちょっと考えてみた

 

大伯母は大正9年生まれ

西暦で言いますと

1920年生まれ

 

わたしは

1970年生まれ

 

ということは 50歳の差がるワケです

つまり わたしの倍が大伯母の天寿を全うされた年

 

そういえば 最近

自分が50代になってしまったことで

年がいったな

衰えてきたな

(病院にお世話になること多くなりましたので)

ちょっとしたことで自信がなくなったり

諦めてしまったり

なんて ことあるのですが

 

大伯母に比べたら 随分と

若いワケです

 

お元気で100歳のお誕生日を迎えたことを見ている

そして 102歳で大往生

 

何言っているの

あんたまだ わたしの半分でしょ

 

と叱咤激励された

気がする

 

年齢を気にするな です

 

つまり

自ら 主観年齢を上げない

ということでしょうか

 

そういえば

大伯母は 氷川きよしが大好きで

少女のようにときめいていましたね

 

実年齢より主観年齢

を教えていただいた気がする

 

お坊さんいいお話をくださった

ともあれ

こうして 故人をしのぶ意味においても

いろんな角度があることを知った

 

生きざまを見せていただく

振り返ることで

わたしたちは故人から教えられることがたくさんある

 

そして その教えに感謝

 

だから 故人は仏さまになりその教えだから

仏教というとお坊さんは仰る

なるほど