澤田事務所管理人が更新します。

 

 

この「連載プレイバック」は

1982年7月8日から1989年9月28日まで

雑誌「スコラ」に掲載された

笑人間を加筆訂正したものです。

 

 

 

本日は1985年11月28日 笑人間

「シティー・ボーイズ」(#48)前編です。

 

 

 

テーマ:嫌われるコメディアンも好き

 

 

 

(本文)

いつの時代にもみんなに愛される笑人間がいて、

その最高はチャップリンである。

 

 

 

今でも大勢の人に愛されていて、

カラーでもなくセリフもないサイレントムービーなのに、

繰り返し上映される。

 

 

 

あのチョビひげに山高帽、

ドタグツにステッキのヒョコヒョコ歩きがみんなの

目に焼きついていて、コマーシャルにまで登場する。

 

 

当然カラーで若いそっくりさんだから

妙にナマナマしく私(※澤田隆治)は

あまり好きでない。

 

 

コマーシャルならキートンの

古いフィルムのままモーレツな動きをみせる方が好きである。

 

 

50歳をすぎた私(※澤田隆治)ですら

チャップリンの全盛期を知らないわけだから、

3世代を貫いて愛されるチャップリンは淒いのだ。

 

 

 

日本のコメディアンで戦前・戦後を貫いて愛されたのはエノケンだが、

残念ながら今のヤングには全く忘れ去られてしまっている。

 

 

この差はチャップリンに

最後の輝きともいうべき『ライムライト』という

傑作があり、病のため足を失ったエノケンに舞台以外に

みるべきものがなかったことから生じたのだと私(※澤田隆治)は思う。

 

 

 

しかし戦前のエノケン大活躍の映画はいまみてもおもしろい。

 

 

 

戦前のエノケンの舞台をみたことのある人は

「あんなもんじゃないよ」というが

私たちは映画でガマンするより仕方がない。

 

 

 

エノケンほどでないにしても戦前・戦後を通じて愛されたコメディアンはいっぱいいた。

 

 

 

金語楼、エンタツ、アチャコ、ちょっとクセはあるがロッパ。

 

 

みんな私(※澤田隆治)が

生でみたのは衰退期に入ったころだったが、

貫録があってまさに喜劇の王様だった。

 

 

 

つづく

澤田隆治