澤田事務所管理人が更新します。

 

 

この「連載プレイバック」は

1982年7月8日から1989年9月28日まで

雑誌「スコラ」に掲載された

笑人間を加筆訂正したものです。

 

 

 

本日は1985年1月24日 笑人間

「コント山口君と竹田君」(#38)中編です。

 

 

 

テーマ:新しいお笑いタレントを発見すると私はいつも幸せな気持ちになる

 

 

 

(本文)

昭和も60年、還暦である。

 

 

この60年の間、最も多くのお笑いタレントを生んできた吉本興業の先頭に立って

新しい笑いの素質を見抜いてきた林正之助会長の眼力は少しも衰えていない。

 

 

その林正之助会長が日曜の夜、『花王名人劇場』をみて、

翌日の朝、東京の私のところへわざわざ電話をかけて

「あれはよかった」と言ってくれたタレントが、

ハズレたことは一度もなかった。

 

 

もうコント山口君と竹田君は将来を

保証されたようなものではないか。

 

このコンビが初心忘れずにやってくれれば

ビッグタレントになるに違いないと久方ぶりに

入れこんでいる私(※澤田隆治)にとっても、

この保証はうれしい限りであった。

 

 

 

コント山口君と竹田君の山口君は、山口弘和。

コント山口君と竹田君の竹田君は竹田高利が本名で、

自分の本名に〝君〟をつけて

芸名にするフテブテしさがまずおもしろい。

 

 

 

山口君の方は1980年(昭和55年)に

Mrポテトというコンビを組んで、

漫才ブームのまっただ中に登場し

テレビにもかなり出たのだが、全く芽が出ず、

一年であえなく解散、

新宿のストリップ劇場で一人でコントをやっていた。

 

つづく

澤田隆治