※澤田事務所管理人が更新します。
この「連載プレイバック」は
1982年7月8日から1989年9月28日まで
雑誌「スコラ」に掲載された
笑人間を加筆訂正したものです。
本日は1983年11月24日
笑人間「せんだみつお」(#24)中編です。
テーマ:リフレッシュしたせんだみつおに「喜劇復活」を期待
(本文)
縁があって「コメディアン道場」の審査員となった
私(※澤田隆治)は毎週銀座テレサへ通う身になり、
すっかりヤングのアイドルとなっている
せんだみつおの司会で、コメディ作家の
前川宏司先生と浅井企画の浅井良二社長と
並んで登場することになった。
この番組で’’ずうとるび’’や’’フィンガーファイブ’’を
はじめてみたり、高校生の「アニキィ」という物真似から
水谷豊の存在を教えられるなど、
とてもヤングの審査をする資格などなかったが、
それでもラビット関根や清水健太郎、
そして後のハンダースのメンメンを世に出す役割を果したりした。
かなり年の差はあるが、この「ぎんざNOW!」で
せんだみつおの戦友となった私(※澤田隆治)は、
その後「噂のチャンネル」で和田アキ子とみせた
テレビのタブーをぶち破るおもしろさが、
彼をたちまち全国に通用する
人気者にしていくプロセスを毎週楽しんでみることになる。
昭和47年から昭和54年まで続いた
「噂のチャンネル」はいい意味でも悪い意味でも
今のせんだみつおを作り上げ、
好き嫌いのはっきり分れるタレントの
一人になってしまった。
つづく
澤田隆治