本日は2020年(令和2年)9月5日

朝日新聞のインタビュー記事を掲載します。

 

 

2020年7月5日に鳥影社より発売された

著書「永田キング」(※著者:澤田隆治)について

取り上げます。

 

 

(企画タイトル)

・著者に会いたい

 

 

(著者名)

「永田キング」 

テレビプロデューサー 澤田隆治さん

 

 

(テーマ)

・伝説の芸人を調べ尽くす

 

 

 

(本文)

  永田キングとは何者か。

 

ほぼ忘れられているが、

喜劇王エノケン(榎本健一)や

漫才の横山エンタツ・花菱アチャコと並び、

戦前を代表するお笑い芸人だ。

 

 「てなもんや三度笠」や「花王名人劇場」など

演芸番組を手掛けてきた

澤田隆治さんは、

朝日放送の新入社員だった

昭和30年代初め、大阪なんばの劇場で

永田キングの野球コントを見た。

 

 

 「投げて打って、滑り込む動作を

スローモーションで演じたので、

目を見張りました。

完璧で面白くて、どこにもない芸でした」

 

 調べ始めたのは10年ほど前。

 

血縁の人が京都・三十三間堂の

近くに住んでいたという

知人の一言で、キングの

おいを探し当てた。

 

  彼に届いた年賀状からたどって、

キングの息子3人に会う。

 

 

吉本興業の「出番表」から出番順や

演目を探り、都新聞などの記事や

広告も追った。

 

この本の50ページ超の年表に結実している。

 

 

 「政治・外交や経済の歴史は

徹底的に調べられているのに、

大衆芸能はなかなか

歴史にならんのです」

 

 

 キングは1910年、京都の生まれ。

 

妹とコンビを組み、野球選手の

物まねなど「見せる」芸で、

「スポーツ漫才」といわれた。

 

トーキー主演映画がエノケンより早く作られるほどの人気だった。

 

 戦後は息子たちと米軍キャンプを回る。

 

59年、米NBCテレビに出演し、

全米各地やブラジルを巡業、61年に帰国した。

 

 「キングは不運です。芸は時代に先駆けていたが、

テレビが躍起になって出演者を探している時は、

米軍キャンプを回っていた。

海外から戻ってきたら、居場所がなかった。」

 

 この本の出版後に開くはずだった

主演映画の上映会は、

コロナ禍のため中止に。

 

「不運はまだ続いている」と澤田さんは言う。

 

 でも没後43年、

新たな伝説として本に残された芸人は、

不運ではないだろう。