この「連載プレイバック」は

1982年7月8日から1989年9月28日まで

雑誌「スコラ」に掲載された

笑人間(※著者:澤田隆治)を加筆訂正したものです。

 

本日は1982年(昭和57年)10月28日 

笑人間「マギー司郎・伊藤一葉」(#8)後編です。

 

テーマ:「伊藤一葉からマギー司郎へ」

 

(本文)

 そのあと引田天功もいない、

伊藤一葉もいない奇術界は、

火が消えたようになった。

 

そんな時、マギー司郎という変な奇術師が、

「爆笑スター誕生」に突如現れた。

 

早速会ってみると、なんと吉川秀昭さんが

マギー司郎をつれて現れたのだ。

 

私(※澤田隆治)は吉川さんの執念をみた思いがした。

 

 1980年(昭和55年)の夏

「ガンとの闘い―45歳で逝った奇術師の日記から―」という

伊藤一葉さんの奥さんがまとめた本が出た。

 

この中に、一時退院した一葉さんが「少し運動しなきゃ」と

利文君とキャッチボールをしたがすぐ疲れてやめたという

利文君の想い出があって、読みながら私(※澤田隆治)は

一葉さんの気持を思って涙がとまらなかった。

 

 「花王名人劇場」でマジックを企画する時は

「爆笑」というタイトルをつけようと決心していた

私(※澤田隆治)は、マギー司郎に出会って

やっとマジック企画に手をつけた。

 

 利文君も奇術師を志しているという。

 

「花王名人劇場」にマギー司郎と並んで出る日を

一番待っているのは吉川さんではなかろうか。

 

おわり