この「連載プレイバック」は1982年7月8日から1989年9月28日まで

雑誌「スコラ」に掲載された笑人間(※著者:澤田隆治)を加筆訂正したものです。

 

本日は1982年8月26日 笑人間「芦屋雁之助」(#4)中編です。

テーマ:「出会いの不思議さ、出会いのすばらしさ」

 

(本文)

 

 私(※澤田隆治)が雁之助さんをはじめてみたのは、昭和30年だから、

随分古い付き合いになる。

 

その頃、大阪でただ1つの寄席「戎橋松竹」の出番のトップバッターが、

芦屋小雁・雁之助の兄弟コンビだったのだ。

 

当時ラジオの演芸プロデューサーの新人だった私(※澤田隆治)は、勉強の為、

寄席通いを続けていたので雁之助・小雁コンビは客席からみているだけで

言葉を交わした事も無かったが、昭和33年からはじまりたちまち

テレビの人気番組となった「やりくりアパート」のスタジオで、

私(※澤田隆治)はコメディアンとなっていた芦屋雁之助・小雁さんとテレビの

アシスタント・ディレクターとしてつきあうことになった。

 

「やりくりアパート」で爆発的な人気をえた大村崑・佐々十郎・茶川一郎と並んで

小雁さんも寄声とそのくせ不思議な軽さで人気スターになり、雁之助さんは

「番頭はんと丁稚どん」で強烈な個性を売りものにたちまち追いついた。

 

それから20年以上たって、私は東京に住むようになり、達者な脇役として各劇場から

ひっぱりだこの雁之助さんをときどき客席からみているだけという関係に

戻ってしまったのだ。

 

 

つづく