1993年10月28日 息子の誕生日 17歳に成る
思い起こせば17年前のこの日 天国と地獄を同時に見た想いをした
早朝 息子誕生で 私の人生に後光が射したような
人生の転機かのような最良の日であった
その日の深夜に事件は起きた…
’94W杯サッカーアジア地区最終予選 「日本」 VS 「イラク」 戦
引き分け以上で日本は 初となるW杯出場が決定するはずだった
それが かの有名な 「ドーハの悲劇」 だった
日本サッカー協会関係者(かつて会費を納めた)の私にとっては
天国から地獄へ真っ逆さまに落とされた どうしようもなく傷心した
その時 私は息子を ”日本サッカー界の救世主” 現ると 勘違いした
事を思いだす…![]()
五体満足で生まれて欲しいと謙虚に願った その朝の私と
”日本サッカー界の救世主”と願う深夜の私のギャップは
平静な心境を持てなかった程の苛立ちでありました
あれから17年 一度は小学校でサッカー少年
中学で卓球の道へ… 高校で弓道…
いいじゃないですか…健康であれば…
ロウソクが3本ですが 意味は有りません 家にあったロウソクを使っただけ…
誕生日に何が食べたいという お母さんの言葉に
大好物の カレーライス と答える息子
(今日は特別 揚げたての トンカツ入りです)
もう1年半も過ぎれば この家にも 居ないのかな…?
そんなことを ふと 思う 息子の誕生日の 親ばかな 私でした…![]()

