今年は例年に比べて8月でもあまり戦争に関する地上波番組は少ないような気がします。

(BSはそんなこともなさそうですが)

 

今の状況からしてコロナ問題に時間が大きく使われるのは致し方無い事だと思います。

毎年8月は必ず何等かの戦争に関する資料を見たり、知識や話を聞くようにしています。

日本の歴史授業や勉強は近現代史がかなり速足で進められ、じっくりと勉強する機会は大人になってからや個人で興味を持って作るしかないと思います。

 

先日、あるTV番組で特攻隊の話をしていました。

日本人が忘れてはならない出来事の一つかと思います。

まるで公に個を捧げる事が美徳とされ、命令ではなく志願として若者が命を散らしたように言われていますが、実際その現場にいた若者たちはどんな気持ちで飛行機に乗ったのだろう・・・と思うとあまりにも苦しくあまりにも悲しく、彼らの遺書や残された日記には「死」に対する意味や意義を創った心の内がつづられているように感じます。

戦争について初めてきちんと自分自身が学ばなければと思ったのは20歳くらいだったと思います。

その時は自分と年齢の変わらない若い方々の遺書に綴られている言葉に大きな衝撃を受けました。

しかし、今はそれらの言葉の裏にある彼らの感情に何とも言えないもどかしさを感じます。

きっと本当は生きたかったに違いないですし、志や大義や今を死に悠久に生きるというのは彼らにとって「死」を受け入れ、そこに意味を懸命に見つけ出そうとした苦しい心の内の葛藤に感じます。

 

特攻隊は命令ではなく志願により作られた

 

とされていますが、実際、若者たちは志願以外の選択肢は与えられなかったのではないでしょうか。

つまり志願という形をとった命令だった様に思います。

 

私は日本という国はとても好きですし、この国の在り方にも誇りを感じます。

しかし、もし戦争に関して何かひとつだけ日本に対してこれだけはして欲しくなかったというもの、この精神性だけは罪深かったというものを挙げるとすれば、それは特攻作戦です。

20年前の自分だとこの回答にはならなかったかと思いますが、今はそう思っています。

 

多くの若者が散らした尊い命

「特攻隊」という言葉を我々日本人は皆知っていますが、単語だけで過ぎ去ってはいけない出来事だと思います。

先日、特攻隊として命を散らした慶應義塾大学の学生上原良司さんの最期の遺書を改めて読みました。

有名な遺書なのでご存知の方も多いかもしれませんし、私も何度か読んでいます。

しかし、年齢と共にこの遺書から感じさせられる事はどんどん変わってきました。

 

今年の8月はコロナ問題で一色の日本(並びに世界)でしたが、これからも悠久に毎年8月には多くの国民が戦争を思い出せる国であって欲しいと心から願っています。

 

 

 

 

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