竜と竜神とは違ふ。竜神は絶対に見る事は出来ない。霊眼にだって見えはせぬ。然し竜神が悪の働きをする時は霊眼などで其姿を見得る。例へば暴風雨を起し、地震を起す時は悪の働きで、其時は竜神の働きでなく竜の働きになる。故に或は姿を見得ることもある。

「人間と竜神様とごちらが偉いか』とよく聞かれる。然し偉いとか偉くないとかいっては語弊があるが、人間の方が上である。竜神の進化したものが人間である。故に竜神はどうかして人間に進みたいと願って居る。人間が奏上する祝詞の言霊の威力によって、だんだん浄化されて人間に進まれる。従って一回でも多く祝詞を聞きたいと願って居る。そしてその聞かして貰ったお礼として、人間の要求のまにまに雨を降らしたり風を起したりする。又人間は竜神を使役する権利を与へられている。だから有難いものである。然し今の人間は駄目である。皆四足になり切り言霊が濁っているから、竜神どころか大蛇をだって使役する力がない。猫だって犬だって今の人間の言ふ事は聞かない。彼等は同輩だと心得だと心得ているから。大和魂を磨いて早く四足と縁を切って本来の人に立帰って欲しい。神様は特別日本人をば、雨も風も雷も皆わが言霊の自由になし得る魂に生みつけて下さっているのである

『出口王仁三郎全集』第5巻,高木鉄男,昭和10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1138144