人は、健康と長寿を保つには霊体の一致が必要であって、精神的の安定は身体に影響し、肉体的の強壮は精神にも影響するものである。そして内臓の活動が常にリズム的になっていて、激変が起こるようでは健康は保てないと共に長寿も保てない。自動車の運転などで、何かのはずみでヒヤッとするようなことがある場合、精神の衝動と同時に肉体の臓器関係に激動が起こる。そうしたことは一定のリズム的の身体内の運行に変動が来るので、度重なると健康上にも長寿の関係にも支障を生じて来るものである。
酒を飲んだ場合のごときは肉体の常態が破れるので、精神的にも常識が平常でなくなる。霊肉の調和の破れるような刺戟はあまり強くするといけない。それだから食物でも、あまりに強い変化を来たすような刺激物はなるべく避けるようにするがよい。
美食すれば栄養がとれると思うのは、また間違っている。食物そのものを分析してみれば栄養はあるだろう。しかしその食物が人の体内に入ってからが問題であって、精神的の不安定な肉体に入っても、摂取されないことが多い。いくら粗食していても精神に安定があり、入っても、摂取されないことが多い。いくら粗食していても精神に安定があり、肉体がリズム的に運ばれていれば、その粗食が充分に栄養となるように調節されている。
食事の時などは静かにとるべきであって、食事すると直ちに活動するようなことをしてはいけない。胃に血が集中してきているとき働くと、血がまた全体に分散する。それだから食事した後は少なくても三十分位は静かにしていないと、結局消化等が悪くなるのである。一般的にみても、食事中も食事後も直ちに活動する人は長寿が比較的に保てないものが多いのを見ても判る。
風呂に入った時も、それと同じことで、西洋の人は、湯に入った後は一時間くらい静かにベッドの中に横になっていると聞いたことがあるが、それは良い健康法だと思っている。食事した時と同じく、リズム的になっている身体の調子が激しくすべてに調和がとれていないときだから、 平常の調和の常態に復するまで、安静にしていれば良いのである。一体に日本人は、精神的に進んでいる人は別として、一般には健康ということを考えないものが多い。そして島国的と評されるようにコセコセしている。ゆったりして仕事する時には仕事に熱中し、仕事を休むときには静かにし、適度の運動をするときには自分の身体の調子を考えてやるのでなくては、自ら身体をこわすようなことになる。精神と肉体の調和に関して常識化される時代が必ず来る。
「愛善苑」昭和25年5月号


