樫野西脇大本島田「第7話 CLUBs of Perfume」  
【Perfume Live @ TOKYO DOME直前企画】

これからお話しすること。前半は島田的Perfume黒歴史になる。

そして後半は最近の明るい話になる。もしかしたら、Perfume関連の知り合いの中には「前半部分読んだ事を機に交友関係がなくなってしまう人もいるかもしれないな」なんて事も思ったんだけれども、心配してもしょうがないなっていう気になりました。あくまでその話は島田とその対象者の話であって、島田とあなたの話ではないと思ってるからである。

 あなたがこの人を知ってるかどうかは知りません。知っててもどれくらいの中なのかも存じ上げませんけれども、その人はあなたの前ではそんな人間じゃないのかもしれない。でも、少なくとも俺の前ではそんな人間だった。だからこそ、こんな話になりましたってことで読んで頂ければと思います。今回はこの全文も含めて7,700字の旅の始まりです。

≪プロローグ≫
 2009年10月の直角二等辺三角形ツアーの段階で江藤という男はmixi上で名前を変えていながらも、Perfumeが好きっていう事を前面に出しておりイベントをやるみたいな情報を知っていたけれども、交流を持つ気は更々なかった。たぶんあったらぶん殴ってしまうくらいの因縁があったからである。確か、一緒に横浜へ向かっていた46君にはその話はしていたと思う。

 時は2003年、俺は江藤が主宰していた「XXX(=中央線沿線の某駅)ロック飲み会」と言うところで週末の隙間を埋めるべく交流をしていた。そのイベントは凄い時に吉祥寺のクラブで200人くらい集めるくらいで、当時俺もDJしてた。「してた」って言うよりも友達のDJの時にフロアを煽るっていうのをやってて、そこのプレイスタイルはまだ変わらなかったんだけど、それはそれで結構な人気を誇っていたわけです。マジでその思い出が濃すぎて、「君を探してたよ」なんて言われた事もあったくらいですからね(笑)。
 7年前ですからmixiなんて無くって交流は掲示板のみで、荒らしを防止する為に江藤は掲示板の書き込みを管理していたわけです。俺は俺で当時から流れを変える為にエッジのきいた文章をよく掲示板に書き込んで風穴を開けようとしていたんだけれども、超保守派だった江藤は俺が開ける風穴を公開もせず封じ込める奴だった。
ふとある日にU2「Vertigo」の出来が素晴らしかったので、
「U2の新譜が素晴らしいですね」

なんて、いつになく久々に風穴を開けないような平和的な書き込みをしたにもかかわらず、いつになっても掲示板にあがらないなと思ったら、江藤の書き込みで
「いやはや、それにしてもU2の新譜は素晴らしいですね」
って上がってた(笑)。

 これにはわずかながら殺意を覚えまして、「この野郎ふざけんな。人の書き込みはあげない癖に同じ内容の自分の載せるか?そんな殿様みたいな事をする貴様のところなんか2度と行くか」みたいなことを丁寧な口調を用いてメールで送りつけまして絶交したのです。

 そして、そこから6年後の2009年そいつの影をmixiで見かけて、実際に会ったら大人の会話もせずにぶん殴ってやろう、そう考えた30歳の秋、それが去年秋の横浜アリーナだったのです。

 そんな江藤から直角二等辺三角形ツアー後に突然メッセージが来て一緒にDJをやらないかと誘われた。

≪第1章CLUBなにがしと言うイベント 2009年12月~2010年3月≫
[微かな蜜月期]
 奴と再会してから新宿の某クラブを拠点として3カ月で7回くらいDJとして回してたわけです。実はその1か月前にエンゾーさんのイベント「暗夜行路」でDJでの復活を下北沢で行った。考えていたスタイル(とは言っても、今もやってる音ではなく歌詞をいじるようなやつ)で笑いがとれる事がわかったので方向性としては変わらなくて、でも結構真面目に「Perfumeの時はPerfumeの曲をYMOの時はYMOの曲を」みたいな感じでやりつつも、
「ポケットが虹でいっぱい/YMO」
→「ポケットカウボーイ/電気グルーヴ」
→「踊るポンポコリン/木村カエラ」
っていう流れの『さくらももこ特集』みたいなことを組んでいたりしていた。

 12月から1月くらいまでは妙に仲が良くて「これからずっと頼むね」なんて言われちゃって、告知ページには『クオイッチ・シマダコフ(イベント名)』なんてイベント名込みで書かれちゃって、『別に俺あなたの下じゃないですけど』みたいな気分になったのでその下の部分を削除してもらった、その後下北でやって誕生日が近いからと言わって貰った後辺りで雲行きが怪しくなってきた。

[ダンスイベントの断層]
 当時、江藤は「Perfumeイベントのオーガナイザー」とか言っている割に映像に関しては持ち合わせがなくて市販のライブDVDしか持ってなかった。一方俺は、詳しい人に比べたら持ってはないけど、WOWOWでのフェスのライブ映像とか代々木のライブとかの持ち合わせり、トップランナーとか諸々とか「気になる子ちゃん」「シャンデリアハウス」を録画した素材も持っていた。残念ながら彼は持っていないと言うので全てDVDに私的に楽しむものとしてあげた。だから、きっとあいつのイベントでそれが流れたら俺が渡したものってことだと思う(笑)。

 会場である新宿の某CLUBってDJブースにDVDプレイヤーがあって、それをプロジェクターを通して流すんだけど、俺の時間だけでも雰囲気を変えようと思ってPerfume以外の映像では客も飽きるだろうと思って自作の編集したDVDをPerfumeとかの映像の他に「ドリフ大爆笑」とかモンティパイソンとか「みうらじゅんのスライドショー」とかもはさみこんだりYMOの映像を入れたりしたやつを挟み込んだのを流したんだけど、それが急にNGになった。

 江藤曰く「お客さんの中で僕の告知文章を読んだ人の中には、そういうおふざけが入るのはダメっていう人がいて、島田君の映像を快く思ってない人もいるからさ。ライブパフォーマンスと言う意味では好きなんだけどさ」と言う事だった。オーディエンスにそんなこと言われてはいかんなと思ったのでそこは妥協してPerfumeの映像のみが流れる感じになったわけだけれども、それからしばらくしてお客さんのNGではなくって、お店からのNGで、彼らの頭が固くて『音楽イベントなのにお笑いみたいな低俗なものを映像として流すのはけしからん』と考えておりNGを出したのだそうだ。お店はお店でポリシーのある事だからしょうがないとしても、それを正直に言わない江藤に腹が立ってきた。そして決定的な溝が出来るのは「ツイッター事件」だった。

[ツイッター事件]
 2010年3月くらいはツイッターに関して躍起になってなかった頃でフォロー数も100を満たなかった頃だった。当時、いろんなところで『ツイッターって書いても記録として残らないし140文字で伝えたい事も伝わらないからつまらんメディアだ。つまらない短文ブログが減った以外はなにも良い事がない』って発言をした。それに大いに反応したのが江藤で、そいつに「こっちのトピックでそんな事書くな」と言われた。なんで人が作ったコミュニティで発言する必要があるんだろうか。そんな書いた覚えは全くないけれども、変な言いがかりをつけられた。

間違えなく江藤の誤解なんだけど、それを踏まえて「月日が経ったのでお互い大人になったから仲良くなれると思ったけど、君とはやっぱり折り合えない」みたいな事を言いだした。俺は「それなら、あなたのイベントですから追放なり何なりしてください」みたいなやり取りをした結果「いやそんなことは出来ない」とか言われて、丁度sPiCaが裏でやっていた日の3月のCLUB Perfumeも出る事になったんだけど、これは絶対江藤の謀略で俺最初の17時くらいから1時間回して終わりっていう凄いさびしい状況で、何らかの制裁っていう感じの状況で。江藤とカレードスコープさんしかフロアにいないっていう状況でその物悲しさの中で回したっていうのは今も鮮明に覚えている。


実際、その日はスタッフ以外でリアルな客は3名(笑)。ありえんでしょ土曜日の昼から夜22時にかけてのイベントで一般客3名って。DJの方が多かったくらいで、人気アイドルの下積み時代の初期かよって言う集客っぷり。半年以上やってるイベントのそれじゃないよね(笑)。

↓ちなみにこれがその時の写真です。フロアはガラガラでしょ?
$サウナビイチ presents 永久クリスマス


[決裂]
終わった後の反省会をデニーズでしてたんだけど、どうすればお客さんは来るんだろうなんて話をしてて、こっちはツイッター事件で妙なしこりがあるし、実は再会したての頃に「ここで知り合ったお客と君の友達がやっているようなイベントへ行かないでほしい。みんなそっちに流れちゃうからね。結局、僕は何度も何度もそれで常連を逃してるんだ。僕の努力を無駄にしたくない」みたいな話をされて引いた事を思い出した。

呼ぶだけ呼んでおいて、引き寄せ続けられないのはあんたの人間性が原因してる事に気付かないのか。どうして、他のイベントへお客が行っても掛け持ちっていう感じで来てもらえるように努力しようと考えないのかと思って、相当頭に来ていたのをその話し合いに参加しながら思い出してた。

で、そんな話し合いの中で江藤が原因として語りだしたのは「僕(江藤)が他のイベントに顔出して交流を深めていれば良いんだけど、そういうPerfume関連のイベンターさんに嫌われちゃってね」なんて事を愚痴られた。いたメンバーで真剣に話し合って、江藤を主催者からおろして名前も変えていくのが手っ取り早いんじゃないかっていう案があって、それで行くなら良いなって思ったんだけど、結局江藤は権力にしがみついて同じ場所にいる。

で、そのイベント後にちょっと江藤から離れたいし、結局また制裁みたいに人のいない時間に回すことになっても面白みも何もないから「しばらく休ませて下さい」みたいな話をした。了承されて、なんか当てつけのように仰々しく『島田君は忙しくて、しばらく休みます。ありがとう島田君』みたいな事をそのイベントのコミュニティのトップに仰々しく書かれて、なんか大袈裟だなって思った。
ちょっとしないうちにそこでの花見があったんだけど、俺参加表明もしてないのにあちらからご丁寧に「ツイッターの件もあるから、島田君と花を見ながら酒を飲む気分じゃないし、場の空気も悪くなるから来ないで」みたいなメッセージが来て、「そんなのこちらから願い下げだバカヤロー」みたいな返事を返して、完全に絶縁することにした。

 「クラパフュ」なんて略されたあのイベント主宰者以外は牧歌的でメンバーも良い奴ばかりで最高のイベントだった。実際、江藤以外とは繋がっててその中は濃密だと思っている。

そもそも、思うに江藤は本当にPerfumeが好きなのだろうか?昔から、人気のあるものには手をつけて「●●ナイトをやろう」なんてどんどん阿呆みたいに企画する男なので、集客できる手段としてPerfumeを使っているようにしか見えない。そんな男のやるパーティーだから人は離れていくんじゃないのかとさえ思う。
 江藤は他にもイベントをやってて、ミッシェルとかナンバーガールの特集もやってて、そういうのは昔から本人が好きだから聞いてたし、安定した集客があるようでまだ続いている。そんな中で増えているのは最近人気のあるバンドの特集であったりする。そういうのを見ると彼の姿勢が採算重視って感じがしてしょうがない。

 ちなみに個人的に「クラパフュ」っていうセンスのない略称が嫌い、そしてPerfumeファンの間では一般的な表現だけど、俺は「かしゆかんぱい」っていう乾杯の音頭が嫌い。理由はたぶん、最初に聞いたのが江藤の口からだったんじゃないかと思う。それくらい、嫌いな男が江藤である。

 俺は見たことないけど「Perfume Night」っていう伝説的なパーティーがあって、『いつ復活するんですか?』って話をメンバーの一人だったDJ☆Hさんに聞いたときに「Perfumeのコミュニティが20名くらいになったらするらしいよ」と言ってた。やるならばそれくらいの覚悟を持ってやってほしいもんだと痛感するものです。

≪第2章 My FAVORITE Perfume PARTY≫
 その江藤に三行半を突き付けて(人によっては追放という言葉が使われかねないんだけど)、そんな状態になって初めていろんなパーティーに行こうっていう事を始めました。最近はいろんな人から「島田さんはいろんなイベントに行ってますね」みたいな事をよく言われるんでここで改めて行ってるパーティーを俺なりに分析してみようと思います。幸いにして、良いパーティーに参加できてますのでここからは平和的な文章が書けるのが嬉しくもあります(笑)。ちなみにこれは参加し始めた時期順ですのでご了承を。


≪sPiCa 2010年4月~≫
 もう半年前になりますか。まあ行く場所がなくなって「どアウェイ」っていうのを覚悟で原宿のサンシャインスタジオに行ったんですけど、丁度その時にその「CLUBなにがし(笑)」で知り合ったタチコマさんと奇跡の再会をして、彼のおかげで途中帰宅せずに済んだというか、帰るわけにはいかなくなったというのが最初の印象でした。
 初めて参加した時から、完成された組織体で転校生っていう気分で状況観察っていう感じだった。今でこそ普通だったヲタ芸を初めて生で見たのもここだし、ミックスに関してもそうだ。ともかくカルチャーショックを受けたのはここだった。

 当時、本当にヲタク文化っていうのが嫌いだった。今も嫌いな側面はあるけれども、当時よりは免疫もついて普通になった。でも、当時本当に嫌いだったので「これっきりで行かないだろうな」とか思ってたけど、その次に行った12時間やるっていう無謀な企画の時に色んな人と急速に近付いた。12時間ですからね、孤立し続けるのは絶対苦痛だと思ってたから話してたんだと思う。でも、その中に江藤を知る人達が結構いてそれで盛り上がったりしてた(笑)。
 そして、翌月連続して多摩川のバーベキューがありまして、お祭り気分で甚兵衛で埼玉から川崎に乗り込んで行きました。相変わらず、大事な時には目立ちたがる性分でございます。そして、やっぱり酒と食を交えると人間関係は一気に進んでしまうというのは勉強になりました。
で、そこで野外DJも体験させてもらいまして、「多摩川の心地よい風を浴びながら」っていうつもりが暴風で持っていた小ネタの紙が飛ぶ飛ぶ(笑)。とりあえず、野外であることをいいことに「涙サプライズ」の時にクラッカーをみんなで放ったのは良い思い出ですね。
それ以後は、どんどん知り合いも増えて、いつも刺激的な音楽にあふれてる感じのパーティーっていうのが俺の中でのsPiCaだなって気がしてます。
最初のイメージも含めて、俺の中でsPiCa=「地下アイドルとかを学ぶ学校」だなって思う。折しも拠点にしているサンシャインスタジオカフェって地下にあるんです(笑)。
 
 ちなみにそこでオーガナイザーをしているDJ☆Hさんの語録っていうのを鮮明に覚えていて、ネット上かなんかで「良いイベントですよね」みたいな感想を書いた時に『僕は良いイベントっていうよりも良いパーティーが理想です』って言われたのが凄い衝撃を受けて、以後いかなる『クラブイベント』っていうのを俺は『パーティー』って呼ぶようにしている。名前を挙げてしまうときりがないくらい、キャラの濃い人たちが集まる愛すべきパーティーです。なんてったってクラスですから、1回で判断してほしくない。

≪爆音Perfume 2010年4月~≫
 自分で言うのもなんですけど、sPiCaと爆音に最近通ってる奴って少ないんじゃないか?って気がするんですけど気のせいだったらごめんなさい。
 最初、爆音はsPiCaと同じ週の日曜日に開催されており、ほぼ同じタイミングで比べられるなと思ったら全く毛並みの違うパーティーでびっくりした。
 sPiCaを学校に例えた事によって見えて来たんだけど、爆音は部活に近いものだと思う。ともかく一体感が凄い、全員が全員知らない筈なのに、ハイタッチしたりとか最後「wonder2」肩組んで歌うなんてここでしかないですからね。
 
 あと、DJっていうと曲の最中にジワジワと違う曲を重ねてっていうのが主流ですけど、曲をフルコーラスでかけるっていうこのスタイルにちょっと嬉しくなった。こういうやり方もありなんだと言う事はわかったのはある意味発見でもある。

 実はここでも「爆音J-pop」っていう時にDJをやりました。本当は自分が立ち上げにスタッフで関わった「香水計画」がベストアクトだと言いたいところですけど、この爆音で回した時、お客さんの数も多くてリアクションが凄かったのと、賛否両論もあったこともあり、ベストテイクだったと思いますね。
 
 爆音は六本木のいつもの場所なので記事の広がりとか内容とか少ないですけど、3人組のPerfume割引とか、映像のシンクロとか、コスチューム割引とか色んなサービスがあって、男は3,500円で4時間飲み放題ですからね。どこで儲けてるのか本当に不思議なパーティーです(笑)。

≪じゃぱんぐ 2010年5月~≫
 4月に行ったsPiCaと爆音、2回連続でMikofuママさんからフライヤーをもらいまして、新宿2丁目のド真ん中でやるっていう事に興味に惹かれまして行ってて勿論Perfume特集っていうのもあるんだけれども、鈴木あみとかAAAとか色々流れてて、DJ目線にはなるけれども「踊れれば、どんな曲をかけても良いじゃないか」っていう気分になれたのも、ここで『Be together』を聞けたからであると思う。

≪SEVENTH HEAVEN 2010年9月~≫
 東京を代表するフリコピイベントに行ったのは2回目となる9月でした。密かにその後に出てくる「香水計画」の告知がてら行ったんだけど、爆音とsPiCaで全てのパターンを見たと思ってたPerfumeのパーティー業界に新展開が現れまして、それがこの7天だった。Perfumeのふりを学ぶ事で、踊りの難易度を学び、フリコピをしてる人達の凄さを学ぶっていうイベントだったと思ってます。ここもここで凄い団結感を感じられたなって思います。

≪香水計画 2010年9月~≫
 そして、最後は新しく出来たホームゲームのご紹介でございますけど、実際問題これがスタッフとしても携わった最初のパーティーなんですけど、正直その江藤イベントの時の事を踏まえて戦略的ににこうすればいいっていう告知の方法論を全てやり尽くした感じです。
 
 それこそ、知り合った人たちのパーティーではビラを配り、学生時代の友人はやし君の店にフライヤーを置き。mixiのイベント告知は意図的に深夜帯でトピックの一番上に行くようにくだらないコラムを入れながら挟み込んだりとかしてました。
あと、今のカラオケイベントも野球イベントも変わらないんですけど、江藤イベントへのあり得ないくらいの対抗心とかね(笑)。島田の陰湿な人間性を現したので引いている方もいるかもしれませんけど、目の敵にしてるのは奴だけですのでご安心を。って書いても安心できるか凄い不安です。
 
 DJもDJで雷様の服を着たりとか、サポートDJをつけたりとかやり放題やらせて頂きまして、でももっと出来るなと思う気がしてます。
 なかなか無い経験でしたけど、0からイベントを立ち上げるっていうのは大変勉強になりました。パーティーを回す上でどうすべきか?とか準備に何が必要かとか。
そんな不慣れな状態でも「のっちの誕生日」という特需がありまして多くの皆さんに集まって頂き、その節は本当にありがとうございました。
っていうのだと元も子もないんだけど、終わった後にそういうパーティーを経験すると学ぶ事も多くて、フィードバックしたくなる事もたくさんあるのです。
でも、お客さんが定着しているパーティーには明確な方向性と言うか色があるっていうのが分かった。こっちはまだ1回しかやってませんから、明確な色なんてついてなくて、きっとキャンバスとかを釘とか打って完成させてまだまっさらな状況なんじゃないかなって思う。まあ、色が塗られるのは2回目以降で良いかなって思います。でも、本当は誰もが色を塗れるような状況でよりたくさんの人に塗って貰えるのが一番なんですけどね。

香水計画2回目に関してはスケジュール的なものがあわないだけで、皆さん結構準備をしてるようで、俺は全然準備してないんですけど、決まったら動く感じだと思いますのでよろしくお願い致します。

【告知】
そんなわけで、島田をDJとして呼んでくれるパーティーを募集してます。年内予定はないので、あれですけど回したがってると言うよりも珍奇な事をやりたがっております。

≪次回予告≫
そんないくつものパーティーを経て、巡り合った人達にクローズアップするのかしないのかは気分次第になると思いますけど、皆さんによく聞かれる「なぜPTAに入らないのか?」っていう疑問にはお答えしたいと思います。
そんなわけで次回第8話「P.T.A.T.S(Perfumeとあなたと島田)」乞うご期待。