移住して1ヶ月と数日後の3月頭。

初出勤の日。

少し緊張していた私は、出勤前に近くのローソンでおにぎりを買いささっと腹ごしらえをした。

沖縄という土地で、新たな人達との関わり。

そして社会復帰。

鬱から立ち直れているかどうか自分でも、わからなかったので、どんな風になるのか不安でいっぱいだった。

一つ息をついて、いざ職場へ突入した。


転職に失敗していた私は、仕事場での人間関係に不安があったし、さらにそれが沖縄という新たな土地ということもあって、その不安は大きいものだった。

しかし、予想とは裏腹に職場のみなさんは、とても親切だった。

私の仕事は、店頭での販売ではなく、裏方の在庫管理の仕事だった。

そこで同僚となった島袋さん、岸本さん、浦崎さんの3名はとても優しく仕事を教えてくれると共に、こんな自分に普通に接してくれて、世間話をしてくれた。

なんか自分も肩の力が抜けて、一安心という感じだった。

地下の倉庫場は、窓一つ無く20㎡くらいのところにデスクとPC、在庫がぎっしりならんだ密閉された空間だったけど、接する人達の良さに自分も次第にうち解けていくことが出来た。

島袋さんと岸本さんは、うちなぁんちゅだが、移住者の私にとても良くしてくれて、私は彼らのペースと話し方がとても好きだった。


一人になりたいという思いもあったので、昼食は一人外に抜けてパチンコ屋で売ってる弁当を食べていた。

それが自分にとっても息抜きになっていたのは確かだった。

仕事と休憩のバランスが大事だったのかもしれない。

順調なスタートを切り、思い詰める事もなかった。


仕事内容はとても地味ではあったけど、販売スタッフのみなさんとも徐々に関係が築ける様になっていき、自分の居場所が出来たような気がした。

そして自分にもちゃんと仕事が出来るんだということを確認することができた。


女性が多い職場故に、そしてブランドショップという格式もあってか、色々複雑な事情もあったけど、この職場で多くの人と出会い、そして良い関係を築くことができた。

声を掛けてくれた金丸さん。

以後サッカーつながりでとても仲良くして頂き、一緒にワールドカップも観戦した。

名護さん、西銘さん、山村さん、松田さん、上地、向井、赤嶺君、三井さん、津嘉山さん、友寄さん、書ききれなくて申し訳ないがみなさん、内地の人、うちなぁんちゅ共に多くの人と関係を築く事ができた。


こうしてなんとか社会復帰を果たし、仕事も徐々にではあったがこなせるようになっていった。

肩の力を抜いて、こうでなければならないという思いに駆られる事もなく、自然体でやることができた。

仕事はシフト制だったので、仕事中も一人で集中したり、息を抜いたりできて、それが自分には良かったのかもしれない。

仕事をすることで、沖縄の土地で、自分は生活を始めたんだということを実感できたのだった。


沖縄に移住して一ヶ月、全てのことが新鮮で、全てが刺激的だった。

初めての体験が多くて、とても濃い期間だった。

生活環境も落ち着いてきて、さぁいよいよ次は仕事です。


初めて面接を受けた所は、佐川のコールセンター。

大きな会議室みたいな所で、担当者と面接をした。

結果は、後ほどと言われ家に帰る途中で電話が鳴った。

『是非採用したいのですが・・』

一発目の面接で、こんなに簡単に内定がでるとは思わなかった。

なんとなくで受けた面接だったし、ずっと座って電話対応は正直合わないと思っていたので、数日後お断りの連絡した。


次にお話が来たのが、派遣登録をしていた「りゅうせきビジネスサービス」の担当者からだった。

是非ご紹介したい仕事があるのですがとのことで、那覇の事務所に向かった。

仕事はDFS内の某有名ブランドでの仕事だった。

時給も良いし、特に文句も無かったけど、鬱病を再発してまだ自分に自信が持てていなかった私は、その職場環境や周りの人達とうまくやっていけるのかとても不安を感じていた。

仕事に対する恐怖心があったのだ。

プライベートだと沖縄のおかげで徐々に自分を取り戻す事が出来ていたけど、仕事となるとまた話が違った。

また同じ事を繰り返してしまうのではと、とても不安に思い、一歩踏み出す事が簡単には出来なかった。


とりあえず顔合わせということで、DFSに出向いた。

面接の結果、来て欲しいという事になり、私は返答を迫られた。

即答できない自分がいた。

不安が頭をよぎり、とても悩んだ。

とりあえず派遣だから、そんなに思いつめず無理なら辞めればいいかと頭を切り替えて、お世話になることを決めた。

こうして沖縄での仕事を手に入れることになった。


家、仕事、移動手段、友人、沖縄での生活が本格的にスタートしたのだった。




沖縄での拠点を手に入れた自分は、生活道具をそろえるべくジャスコに通った。

何も無い所からのスタートだったから、結構色んな物が必要だったりした。

生活道具を探す作業は、面倒でもあったけど、迷いながら走る沖縄の道は楽しくもあった。


無事に家を手に入れたものの、友人はわずか二人。

二人とも仕事をしてるから、最初の内はほとんど一人ぼっちだったけど、それでも好きな場所にいられるのは、とても嬉しかった。

一人が寂しいという思いをしたこともあるにはあったが。


ミクシーで、沖縄移住を目指す人、すでに住んでる人と移住前からやり取りしてた事もあって、彼らと会うことに積極的になった。

コミュニティの無い自分は、どうにかして沖縄で人間関係を築きたいと思ってた。


中でも初めて会ったのが、タカだった。

彼とは美浜のスターバックスの前で、待ち合わせをした。

なんとなく同じ匂いを感じたタカとは、それからの沖縄暮らしの中で、とても仲良くなる事ができた。

二人とも宜野湾に住んでいた事もあって、宜野湾コミュを作った所、それが膨れ上がって20名くらいになったんだったと思う。

自身初のオフ会というものを開催し、10名くらいの人が集まった。

そこで出会った彼らは、沖縄での友人として、その後の生活にたびたび登場することになった。


もう一人、最初に出会った友人の中で、今でも大事に思う人間がいる。

あーきーこと金城君。

彼は、初のうちなんーちゅ友達だった。

彼には地元民ならではの色んな事を教えてもらった。

うちなんーちゅらしからぬしっかり者で、自分より二つ下だけど、しっかりした考えと目標を持ってて、凄く魅力的な人間だと思う。


タカとあーきーは、自分の沖縄暮らしでとても大事な人になった。

ドライブに行ったり、色んな事を話したりして、親睦を深めていった。

彼らと出会えて、新たな土地でなんだか自分の居場所が見つかったような気がした。

ミクシーを通じて、多くの人と出会う事が出来、そして新しい人と会えることがとても楽しみだった。

多くは移住者だったから、内地から沖縄に来たもの同士、苦労話も良いと思える事も同じだったりして、共通の話題があって、結構仲良くなれたりした。

そして移住者だけじゃなく、地元の人達とも繋がりを持てたのもとても嬉しい事だった。


徐々にではあったけど、人とのつながりをもてるようになっていき、一人の寂しさも紛れていった。


真志喜での生活にも慣れていき、夜には一人で海浜公園を散歩するのが楽しかった。

広場の真ん中で、壮大な夜空を見上げるととても気持ちがすっきりした。

来て良かった。

心からそう思えた。


トロピカルビーチで、缶コーヒーを飲みながら、煙草に火をつけた。

小波の音が、心地よかった。

東京にいた時は、ネットやDVDで海の音を聞き、それに憧れていたが、ここでは本物の音が自分の耳に入ってくる。

沖縄にいたら当たり前のことかもしれないが、単純にそんな事が自分にはとても嬉しく感じられた。


今、自分はずっと憧れてた沖縄にいるんだということを実感した。