冷たい冬の朝、府中市の静かな通りを、鈍いエンジン音が響いていた。
東京芝浦電気の従業員のボーナスを運ぶ現金輸送車が、都心に向かって慎重に進んでいた。
運転手の田中は、車内の温かさに安堵しながら、助手席に座る警備員の佐藤と雑談を交わしていた。
突然、後方からサイレン音が近づいてきた。
田中がバックミラーを覗くと、白バイが1台、輸送車のすぐ後ろにぴたりとついていた。
「なんだろう…?」田中は眉をひそめながら車をゆっくりと路肩に寄せた。
白バイから降りてきた警察官は、落ち着いた表情で輸送車に近づいてきた。
「お疲れ様です。車両の下に爆弾が仕掛けられているとの通報がありました。ちょっと確認させていただきます。」
田中と佐藤は驚き、すぐに車から降りた。
警察官は懐中電灯を手に、慎重に車の下を調べ始めた。
「ここが怪しい…」
と呟いた瞬間、突然、車の下から白煙が上がった。
「爆弾か!」
佐藤が叫び声を上げた。
「避難してください!」
警察官は急かすように言った。
田中と佐藤は慌てて車から離れ、数メートル先で振り返った。
しかし、次の瞬間、彼らは目を疑った。
警察官が輸送車のドアを開け、運転席に乗り込むのが見えたのだ。
「おい、何をしてるんだ!」
田中が叫ぶ間もなく、輸送車は猛スピードで走り去った。
まるで風のように消えていくその姿を、彼らはただ呆然と見つめるしかなかった。
通報を受けた警察が現場に駆けつけたとき、すでに輸送車は影も形もなくなっていた。
残されたのは、警察官に偽装した犯人の巧妙な手口と、消えた3億円の現金だった。
それから数年が過ぎたが、犯人の行方は依然として掴めていない。
警察は手がかりを追い続けたが、犯人はまるで影のように、跡形もなく消えた。
田中と佐藤は、事件後も警察の取り調べを受け、幾度となく記憶をたどったが、あの朝の出来事は彼らの心に深い傷を残したままだった。
それでも、田中はある日、一つの考えにたどり着いた。
「もし、あの警察官が最初から偽者だったのなら、あの煙も…すべて仕組まれたものだったのか?」
彼はその可能性を胸に抱えながら、再び事件現場を訪れた。
冷たい風が吹きすさぶ中、彼はふと立ち止まり、静かに呟いた。
「犯人は、今もどこかで笑っているのだろうか…」
府中市の一角で、田中は一人、消えた3億円の謎に思いを巡らせた。
犯人の姿は、今も彼の心の中で、ぼんやりと揺れている。