今週月曜より、
新しくなったnewszeroでは。
藤井さんも翔くんも石川県に飛んで、
震災から3ヶ月を迎えた、
今の様子を届けてくれていましたね。
2人ともが、
現地へ飛んでいる…というのが、
印象的だった4月1日。
そんな姿に、ふと………4年前。
2020年5月15日に発行された、
慶應義塾の機関誌『三田評論』での、
翔くんの声を思い出す───
当時、
書いた……ような気もするけれど……
(どうだったか、あんまり覚えてない💧)
2006年から務めている、
news zero でのキャスターとしての思いを、
ある言葉と共に、話してくれてましたね。
2001年の『9.11』の時に、
何故こんなことが……
今、
世界はどうなっているのか───
分からないことが多く、
そういったことを調べ始めたのが、
きっかけの1つだった……と。
「現場で学ぶ」という姿勢を、
持ち続けている翔くん。
僕自身は、
アンカーマン的に自分の主義主張や意見を言うという立場ではない……と、思っている……とも話していて。
キャスターの仕事を始めた頃に、
福澤朗アナに言われたという言葉を、
この時、
そしておそらく今も、
初心のような気持ちで、
大切にしているんだろう……と、
4月1日の放送を見て、改めて思った。
「キャスターというのは名のとおり、椅子に付いている回転するキャスターだから、人から人へ、テレビの中から視聴者へつなげていく役割なんだよ」
この言葉が、
自分の中でストンと落ちた……という翔くん。
だから今も、
その姿勢は変わらなくて───
僕はあくまで被災地に行って、
被災者の方の声を多くの人に届けよう……
自分は1つの声を、
より多くの人に『伝える、つなげる』役割だと思っています。
人によって、やれることは様々。
そして、
同じ立場にいたとしても、
そこからどう動くかで、道は変わる───
翔くんが進む先には、
これまでアイドルが踏み入れたことのない、
未知の領域が待っていて───
キャスターという一端を担う翔くんだから、
できること。
自分が為すべきことの為に、
何があっても、
どんな時も、
その時の最善を尽くしている………
そんなブレない姿が見えてくる………
現地からの取材。
翔くんにとって、
生の声を届け続けることが、
キャスターである意義……なのかも……
と、
改めて、
『三田評論』を読み返して、
変わらない翔くんにとって胸が熱くなる───