日本の寿命世界一に貢献した須坂 | 須坂動物園のくまひゃんのブログ

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動物園の関係者では、有りませんが、生き物なんでも大好きです。新しいことは苦手ですが、豊富な人生経験。年の功が誰かの・何かの役に立てばとの思いでブログをはじめたのですが、気がつけば若い方に励まされてばかり、感謝、感謝の毎日です。

長野県内の多くの自治体で、保健師さんたちの手足となり、健康測定や、減塩啓発、栄養指導、健康体操などで活躍くれている

保健補導員

県外の人は聞きなれない言葉でしょうが・・・・

歴史は古いんです


当時の保健婦が孤軍奮闘している姿を見ていた地域の主婦達が、少しでもお手伝いをしようと、自主的に呼びかけ活動をはじめたのがきっかけです。


長野県を訪ねて/保健補導員が長寿の一因 - 東奥日報

長野県の保健補導員等の活動は、昭和10年代の後半からの、結核・赤痢等の伝染病や、乳幼児の死亡が多い戦争中の劣悪な衛生環境の中で、昭和20年に生まれました。

去る6月24日、長野県の佐久穂町を訪問しました。前回の連載で紹介した佐久穂町役場の須田秀俊さんと会うためです。長野新幹線の佐久平駅で須田さんと横山孝子さんのお二人に出迎えていただきました。横山さんは長年佐久総合病院で保健師として活躍された、地元ではよく知られた方です。

 実は、筆者にとって信州はあこがれの地です。吉永小百合と浜田光夫が共演した映画『愛と死をみつめて』で、重い病に侵された恋人の吉永を背負って信濃路を旅することを浜田が約束するという、何ともやるせないストーリーに涙した経験があるからです。その勢いで信州大学を受験して失敗したという、私自身の悲しい過去をもここで告白しなければなりません。

 早速、訪れたのが佐久市内にある成田山薬師寺山門の「ぴんころ地蔵」(ピンピンコロリ発祥の地と長寿にあやかったもの)です。2003(平成15)年に建立されたもので、かわいいお地蔵さまが首をかしげて立っています。長寿の世界に手招きをしているようです。山門前の店々には何十種類のぴんころ地蔵グッズが売ってありました。

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ぴんころ地蔵尊(佐久市成田山薬師寺)

 いよいよ、佐久総合病院へ。前回紹介したように、1959(昭和34)年に集団検診を始めて、NHKの『プロジェクトX』に取り上げられた病院です。その古めかしいビルの屋上に、長野県初のドクターヘリのヘリポートが誇らしげに載っかっています。見かけとは裏腹に、救急医療など診療はフル稼働しているのです。

 佐久穂町図書館の一室で、早速“寿命談議”が始まりました。「長野県の人がなぜ長生きなのか」、このテーマです。たった3時間の話の中で、強く感じたことがあります。それは「保健補導員」と呼ばれる人たちの存在でした。

 長野県では45(昭和20)年、須坂市で保健補導員という制度が始まりました。これがその後徐々に広まり、昭和50年代にはほぼ全市町村に定着しました。200人に1人くらいの割合で選ばれ、任期は大体2年です。その結果、毎年経験者が増えていくことになります。現在、全県の保健補導員の数は約1万1千人です。卒業した人は、その後も強力な応援団です。例えば須坂市には現在280人の保健補導員がいて、熱心に研修を受けたり、保健活動をしています。経験者(OB)を含めると5千人以上、須坂市の全人口の1割を占めることになります。

 今、社会の力(連携力)が急速に衰えてきており、健康の正しい知識・考え方を伝えようとしても、その伝え手となるべき仲間(地域リーダー)が不足しています。地域リーダーとは保健補導員はもとより、婦人会、町内会、民生委員などです。長野県はこの地域リーダーをずっと育ててきたことになります。

 実は、青森県にも以前から長野県の保健補導員に似た組織があります。それは「保健協力員」です。同じような考え方で、ほぼ同じ時代に誕生しました。今でも全40市町村に総数5900人という保健協力員が存在しています。しかし、残念ながら年々パワーが落ちてきています。青森県の場合、何年も同じ人が協力員を続ける傾向が強く、これが「広がりの停滞」を生んでいる可能性もあります。

 青森県立保健大学の山本春江教授は、かつて長野県まで出向き、筆者以上に両県の違いを肌で感じられました。山本先生が何よりも驚かれたのは、長野県の保健補導員が非常に「自主的」であったことでした。さらに目を見張ったのが、長野県は保健補導員だけでなく、その活動の成果が家族(特にご主人)にも及んでいることだったそうです。山本先生は両県で、「良好な生活習慣」(17項目)の有無を調査しました。その結果、保健補導員・保健協力員間で差はみられなかったのに対し、長野県のご主人はほとんどの項目で青森県のご主人を上回っていたそうです。

 こうしてみると、保健補導員の活動を支えているのは長野県の県民性のような気がしてきました。地域保健活動(鳴海病院と佐久総合病院)も健康リーダー育成事業も、青森県と長野県は先駆的取り組みをしてきました。ただ、長野県が青森県よりそれを維持し、育ててきた。この差が平均寿命の差の一因なのかもしれません。

 帰りの電車の中でずっと考えました。「青森と長野の差を、ただ県民性の一言で片づけてしまっていいのだろうか? これから一体何をすればいいのだろう…」。収穫と同時に宿題も大きかった長野行きでした



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(真ん中で男女に別れています)

上部ほど一人当たりの医療費が高い

右に行くほど寿命が長い

 

須坂はあまり知られてはいないけれど、長野県が寿命日本一(つまり日本が世界一)になれたことに大いに貢献してしてきたことを誇りに感じています。


保健補導委員会の皆様、ご苦労様です


日本中に、いや、世界中に、もっともっと広がることを大いに期待しています