ROCK TOURを終えた翌日、KESがバックパッカーまで迎えに来てくれるというので待っている。
10時に来るといっていたので待っている。。。
11時になったが、まだ待っている。。
12時、、まだ来ない。。
12時半!突然電話が鳴った!!
「遅くなってごめーん!もうそこまで来てるからー」って。
そしてKESが現れ、久しぶりの再会!!
時間はすでに午後1時になっていた!笑
これからアリススプリングスで買い物をしてから、農場まで戻るという。
アリススプリングスのスーパーと、酒屋へ。
だが、酒屋のシャッターが下りている。。
スーパーで買い物を済ませて、酒屋に向かうとシャッターが開いているが、入り口には警備員が!
KESにその理由を尋ねてみると、ここアリススプリングスでは、酒屋は午後2時にならないと開店しないらしい。そして入り口に立っている警備員はアボリジニーの人々がお酒を購入するのを阻止している。
アリススプリングスの街のあちらこちらに、いかにも現代人らしく着飾ってうろうろしているアボリジニーの人々をよく目にするが、彼らの多くは伝統的なアボリジニー社会から追放された人々らしい(全員が全員ではない。)
その理由として、欧米人が持ち込んだ文化に触れたというのが主な一因。特にアルコール。
もともとアボリジニーの社会になかったアルコール。彼らはアルコールに対する免疫がなく、自己制御不能になるほど飲み続ける。
これが実はオーストラリアでは大きな社会問題になっていて、酔っ払ったアボリジニーに襲われる事件も多発している。
このことを受けて現在オーストラリアでは、アボリジニーに対する酒類の販売の禁止、また譲渡することも禁止されている。
欧米人によって今まで彼らの社会になかったものを持ち込まれ、5万年とも12万年とも言われる彼らの歴史が影響を受け始めているのは悲しい事実である。
さて、アリススプリングスで買い物を済ませ、KESとOLAが働いている農場まで向かう。
アリススプリングスが最寄りの町ということで迎えに来てくれたが、
実はアリススプリングスから彼らの牧場まで300kmも離れている!!
300kmといったら名古屋から岡山、または九州縦断といった距離。。。
その距離をわざわざ迎えに来てくれたのだ!!
アリススプリングスから北に延びる一本道。
制限速度は、、、、なし。
何キロで走ってもよいのだ。
40分ほどこの道を走行したあと、右折し砂地の道をひたすら行く。
車はTOYOTAのLAND CRUISER。
アリススプリングス周辺では実に10台に7台がランドクルーザーといっても過言ではない。
しかもスペアタイヤを少なくとも2つは常備している。
町を少し離れただけで、携帯電話の電波はなく、灼熱の渇いた草原がひたすらに続くこのあたりの環境。
何か起きたら自分で対処しなければならないからだ。
この道を120kmで走り抜ける。
砂地の未舗装の道を走り始めて1時間半ほどたったころ、今度は左折。
その交差点にあった砂利の山の上に、ファルコンがとまっていた。
さらに進むこと30分ほど、見えてきたのは牛、牛、牛。
いつの間にか牧場に入ってた、といってもここはまだKESたちが働いている牧場ではないらしい。
牛たちが見えたら減速して道を譲る。彼らも臆病なので車を見つけるとそそくさと退く。
そしてさらに30分走りようやく到着!!
着いたのは夕方6時半。
OLAがおいしそうな晩ごはんを用意していてくれた!
僕の部屋を用意してくれて、ここで3泊させてもらえることに!
ちょうどここのオーナーが2週間ほど留守にしているらしく、KESとOLAの好きなように使えるとのこと。
久しぶりの再会に話が尽きないが、明日彼らも仕事があるということでそれなりの時間に就寝♪
翌日
11月1日
ここが彼らのキッチン兼リビング
OLAが毎日ここでおいしい料理を作ってくれる。
OLAのここでの仕事はスーパーマーケットの管理。
この牧場には小さなショップがあり、周辺住民が買い物に来るとのこと。
広大な赤土の僻地にはアボリジニーの人々がたくさん住んでいるが、ここのお客さんのほとんどが彼ら。
小さなコミュニティを作って僻地に暮らしているアボリジニーの人々。
洋服は着るし車も運転するし僕らがイメージする伝統的な生活ではないが、カンガルーやエミューを捕まえて食べたりと昔ながらの生活もところどころ垣間見える。
そんなアボリジニーの人々が毎日のように訪れるOLAのショップ。
日用品から食品、野菜など品揃えはよくないものの、300km先のアリススプリングスへ行くのに比べたらとてもお手軽だ。
KESが週に一、二度アリススプリングスまで仕入れに行き商品を揃えている。
なので価格はかなり割高になっている。
でもアボリジニーの人々はどうやってお金を手に入れているのか?
それは政府による補助金。
政府がアボリジニーの人に対して毎週補助金を支払っているとのこと。
この資金の出所は、例えば先日僕がウルル・カタジュタ国立公園に行ったように、政府がアボリジニーの所有物を利用して得ているお金が資金となっているようだ。
なので、アボリジニーの人々は仕事をしなくても食べるのには困らないという。
さて今度は、KESの仕事はというと、牧場での牛の見回りや管理。
この牧場は肉牛を育てている牧場なのだが、日本とは違うのはやはり放し飼いという点。
おそらくオーストラリアで、檻に一日中入れられている牛を探すほうが難しいだろう。
しかし牧場とは言うものの、牧場らしからぬ赤茶けた渇いた台地。
それもそのはず、この牧場が広すぎるから!!笑
KESは毎日のように車で牧場中を見回るらしいが、一周見て回るのに3時間はかかるという!!
どんだけでかいんだ、この土地!!
そんなKESの仕事に同行させてもらった!!
車はやっぱりランドクルーザー。
だが出迎えに来てくれたものとは異なる。
フロントガラスにはたくさんヒビが入っているが私有地で運転するには問題ない。
ボンネットのロックが壊れているので、ラッシングでボンネットを押さえている。
運転席は赤土まみれでシートはビリビリに破れているが、常用には問題ない。
スペアタイヤは3つ装備。自分とこの牧場を見回るだけなのにスペアタイヤ3つはすごいな。。笑
そして飲み水をたんまり持って出発。
1時間ほど車を走らせてようやく牛が見えてきた。
みんな水の近くに集まっている。
車を見つけると次々に逃げていく。
臆病者がCOWARD(カワード)と呼ばれる理由がわかる。
この渇いた土地は牛にとっても生き抜くのに命がけである。
エサとなるような牧草も見当たらないし、いったい何を食べて生きているのか。。
道という道はなく砂地に轍のあるところを走っていると、突然KESが車を止めた。
何事かと思ったらタイヤがパンクしていた。
が、そこは手馴れた様子で直していくKES。
15分ほどでタイヤ交換が完了した。
見たこともないジャッキ。カンガルージャッキというらしい。
スペアタイヤを持っていなかったら一体どうなっていたことだろう。
遭難するほど広い庭って、、やっぱりスケールが違いすぎるオーストラリア。
見回りを続けていると、木下にたたずんでいる牛を発見。
近寄っても逃げない、、、というかむしろ近寄ってくるー!!
しかしよく見てみるとこの牛、、ガリガリ。。。。
群れからはぐれて水場を探すことができなくなった牛だった。
人を見つけて助けてほしいと近寄ってきたのだ。
普段は逃げ伏せる牛も、過酷な状況下ではこのような行動をするようだ。
この牛を助けるために、一度ガレージに戻って水も運んでくることに。
大きなタンクに水入れ、それをレッカーして牛を見つけたポイントまで戻る。(微力ながら手伝う)
彼は僕らを見つけるなり、再び近寄ってきた。
僕らが水を準備していると、それを察したようで少し興奮状態に陥った。
タンクからドラム缶に水をあけたとたん、牛はものすごい勢いで水を飲み始めた。
すると、どこからともなくもう一匹、もっとガリガリに痩せこけた牛が現れ同じく水に食らいついた。
日本で普段の生活の中で命の危険を感じることはまずないだろう。
しかしこうやって何もない大地のど真ん中で感じるのは、僕らは実は無力でいろんな助けを借りて生かされているということ。
うまく言葉では説明できないが、この牛を見ていて何かを感じた。
そして最後に疑問に残ったのが、こんな過酷な条件でおいしい牛が育つのかだが、KESとOLA曰く、めちゃくちゃうまいらしい笑
3泊4日という短い農場体験も今夜で最後。
夕日を眺めながら、みんなでタスマニアを旅していた頃によくやった直火BBQを料理した。
カラフルに光るポイで遊んだりした。
写真で撮ってみたら意外と面白いことになった☆
KESとOLAはもともとワークエクスチェンジ(数時間の労働と引き換えに宿と食事を提供してもらえるプログラム)でこの農場に滞在していたが、オーナーからここで働いてもらえないかと持ちかけられ、就労ビザのもと、本格的に働くことになったそう。
2年間働けばオーストラリアでの永住権を取得できることもあって、いろいろと気に入らないこともあるみたいだが、がんばって働いている。
翌日
11月3日
KESが再び300kmの道のりを運転し、アリススプリングス駅まで送ってくれた。
次に会えるのはいつになることやら。
別れを告げ、僕が乗った列車THE GHANは次の町DARWIN(ダーウィン)へと出発した。




























