山親父の日記 -541ページ目

2009/09/12


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いよいよ。


いい芝です。

三ツ沢久しぶりですが、観客席近くていいです。


今日はこの後秩父宮にクボタ、ヤマハ見に行くかもしれません。


ラグビー三昧の1日になるかも。

2009/09/12

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三ツ沢に向かってます。

ラグビー人生33

そんなわけで、全国大会までの間、1ヶ月半ほど対外試合の無い期間がありました。


岩倉の同志社新人に胸を借りたり、紅白戦を繰り返していました。


これは先生がチームをまとめ、危機感を植え付ける戦略だと思うんですが。その話を。


紅白戦の時は先生は朝礼台の上に座り、ハンドマイク片手に激を飛ばしているんですが。


試合の途中で、


「こんなに気の抜けた練習をいくらしていてもしょうがない。全国大会でも戦えない、言っても解らないならおまえらで勝手にやれ、俺はもう知らん!」


マイク叩きつけて教官室に引き上げてしまいます。


グラウンドにポツンと取り残された私達はぞろぞろと集まり話し合いをします。

毎年ここぞという時の恒例行事なので、ヤレヤレと思いながらも、清水と私がお願いに向かいます。


先生ヘソを曲げて出てきません。


前の通路、コンクリートの上にみんなで正座してお願いします。


30分ほどで先生が竹刀を手に出てきて、本当にやる気があるのか?としばらく説教があり、竹刀で少し撫でられてグラウンドに戻ります。


それから延々とコンビネーションをやりました。


先生が大きくボールを蹴り、メンバーが追いかけ、繋いで帰ってきます。ホイッスルでポイントを作りながら。


トライしてもまた蹴り返されます。

日が暮れても終わりません、もうヘトヘトです。


この時は私が切れました、「チキショーー」と叫び、泣きながらボールを取りに飛び出しました。


全部俺1人でやってやるって気持ちになりました。


つられてみんな泣き出します。「俺だ!」「俺に寄越せ」

叫びながら。


それから2~30分続けて終わりました。


泣きながら円陣を組んで、気が付いたんですが残りの部員は帰ってました。


三年生を除いて。


寒い中、学ランに着替えて待っていたんです。(多分先生に言われたんでしょうが)


ここで先生優しい顔して、みんなを呼び寄せ。こう言います。


お前たち、こいつらの事を忘れていないか?


この時期に、もう試合に出ることもないのに毎日練習をして、お前たちの練習台になり、タックルマシンを持ってくれる彼等を。


お前たちと三年間一緒にやってきた彼らを。


試合に出たくても出られない彼らの為に。


戦おうと思わないのか?


仲間じゃないか。と。



待っていたやつまで号泣です。


先生も泣き出します。


まさに泣き虫先生です。


今書いていても涙ぐみます。



いよいよ全国大会を迎えます。