愛する家族を守るため -12ページ目

愛する家族を守るため

今のままでは愛する家族を守りきれないと思い

分の周りの人や、自分の置かれた
今の状況を把握し感謝しながら
自分に対しては厳しい目を持ち
向上心を持ち続けましょう。
と、先日の記事に書きました

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幸せを手にするために自分を鍛え上げ
努力を続けましょう。
……。


幸せ?

…。


あなたは今、幸せですか?

それとも立ち直れないほどのどん底?


そもそも幸せって「何を基準にして」幸せ?



僕たちは他人と比較することで
幸不幸を決めがちです。

自分よりを見るといくらでもいる
自分よりを見てもいくらでもいる

を見ては
「なんて自分は不幸なんだ」と感じ

を見ては
「アレよりはマシだな」って慰める。


悲しいけど、僕たちは
他人と比べることで自分の幸せを測る
のです。



【それぞれが持っている基準】

砂漠で脱水している人にとって
コップ一杯の水は幸せでも
雪山で凍えそうな人にとっては
水は幸せではない


*食物が無くて餓死する子供が絶えない国
では食料は幸せでも
食べすぎで胃薬を飲んでる日本人には
そうではありません。


このように、
環境が違えば幸せの基準も変わる
のです。

それどころか、同じ国の同じ時代に生きる
我々でも個人の価値観の違いで基準は
異なります。

☆「お金」が一番大切な人
☆「出世」が一番大切な人
☆「仕事」が一番大切な人
☆「家族」が一番大切な人
☆「友達」が一番大切な人
☆「容姿」が一番大切な人
☆「思い出」が一番大切な人
☆「健康」が一番大切な人
☆「プライド」が一番大切な人
・・・


色んな価値観があって
色んな幸せの基準があるのです。


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先日ニュースアプリで
こんな記事を読みました
(障害者は「感動ポルノ」として
健常者に消費される)

これは本人も障害を持つ車椅子の女性が
障がい者を見て健常者が
「生きる勇気をもらった」
とか
「彼らにできるなら私にも」
などという見方や考え方は
それこそが健常者が
「自分は彼らよりマシだ」
という上から目線の見せ物に過ぎない
のではないでしょうか?という主張。


これ、障がい者がごく普通に普段の
生活をしているに過ぎない一コマを
「あんなに苦労して健気に頑張ってる」
って見られる側からの声なんです。

本人は何とも思ってないことを
他人が「なんて不幸なんだ!」って。

よくよく考えれば失礼な話。

だって幸せの基準は人それぞれなのに
勝手な思い込みで決めつけているんだから。


立場や環境、状況などで様々な
幸せの基準があり、それは友達でも
同級生でも親子でも兄弟でも違う。

まして他人なら幸せの基準
違って当たり前なんです。

つまり、
幸せに絶対的な基準
はないのです。



【自分のものさし】
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本当はどっちが幸せ?なんてことは
比べようは無いはずなのです。

だけど僕たちは他人と比べて感じる程度でしか
自分の幸せを測れない。

哀しすぎますよね?

「自分の基準」「自分のものさし」で測れば
今よりもっと幸せを感じられるはずなのに。


どうすればいいの?


自分の最優先事項をはっきりさせれば
良いんです。
その最優先事項で測れば良いんです。

例えば僕なら「家族」

それを「出世」「プライド」「お金」
なんかで測ろうとするからおかしなことに
なるんです。

不幸な気分になってしまったり。



そりゃぁそうです。

だって、その基準は自分のものでなく
誰かの基準なのですから。


人それぞれ、たくさんの基準がありますが
自分の幸せの基準だって
ひとつでなくても良いと思います。

ただ自分にとっての1位は一つだけに
決めないといけません。

多くの基準を、あれもこれも1位にして
しまうと軸がブレ、焦点が定まらず、
結局どの基準でも
幸せを感じられない
ってなっちゃいます。



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絶対になくしたくないもの
絶対に譲れないものは一つに絞り
ギュッと握り締めておきましょう。