そのこと自体は本能です。
でも、自分が持っているものを見向きも【失ってはじめて分かる】
僕たちは自分の持っているものに目を向けず
と書くと
「じゃあ、向上心を捨てて、
現状に不平不満を言うことと
向上心を持つことは全く別物なのです。
*現状=自分を取り巻く「他人」や「環境」といった外的要因のこと
*向上心=自分の内側にあるもの、自分の
その本能を何度も繰り返すのが
人生なのかもしれません。
でも、自分が持っているものを見向きも
しないで欲しがってばかりいても…
僕たちは自分の持っているものに目を向けず
外ばかり見がちです。
自分の持っているものって、
自分の持っているものって、
持っているのが当たり前
だから、そのありがたさに気付きません。
当たり前すぎて特別に意識したことも
当たり前すぎて特別に意識したことも
無かったものが
当たり前じゃなくなったとき
はじめてその存在を意識することができたり
例えばこんな経験ありませんか?
毎日、当たり前に健康に暮らしていたのに
↓
大きな病気にかかったりしたとき
健康のありがたさを知ったなんてこと。
そのほかにも、こんなこと
当たり前じゃなくなったとき
はじめてその存在を意識することができたり
例えばこんな経験ありませんか?
毎日、当たり前に健康に暮らしていたのに
↓
大きな病気にかかったりしたとき
健康のありがたさを知ったなんてこと。
そのほかにも、こんなこと
”当たり前”って思ってませんか?
・彼女、彼氏がいること
・家族がいること
・両親が生きていること
・会社が倒産しないこと
…
よく考えてみると、どれ一つとっても
・彼女、彼氏がいること
・家族がいること
・両親が生きていること
・会社が倒産しないこと
…
よく考えてみると、どれ一つとっても
”当たり前”のことじゃありません。
それを失ってはじめて気付くのです。
「あーーー!○○って自分にとって
それを失ってはじめて気付くのです。
「あーーー!○○
かけがえの無いものだったんだぁ!!」
ことをもう一度認識し満足しなければ。
と書くと
「じゃあ、向上心を捨てて、
現状に満足すればいいのか!」
って声が聞こえてきそうですが、
って声が聞こえてきそうですが、
そうじゃない。
現状に不平不満を言うことと
向上心を持つことは全く別物なのです。
*現状=自分を取り巻く「他人」や「環境」
*向上心=自分の内側にあるもの、自分の
スキル、知識、体型など内的要因のこと
ますが、外的要因つまり「他人」や「環境」
を変えることはできません。
そこに不平不満を言っていても前向きに
なんかなれません。
一方
内的要因については自分の意思で
一方
内的要因については自分の意思で
コントロールすることができます。
自分自身には大いに不平不満や危機意識を
自分自身には大いに不平不満や危機意識を
持つことで自分を成長させることができます。
だから
コントロールできない”現状”には満足しつつ
コントロールできる”自分”に対しては厳しい
だから
コントロールできない”現状”には満足しつつ
コントロールできる”自分”に対しては厳しい
目をむけ”向上心”を持ち続けなくては
いけないのです。
僕たちはどちらかというと
僕たちはどちらかというと
コントロールできないこと
に対して不平不満を言います。
でもいくら文句を言っても変えられない
でもいくら文句を言っても変えられない
ものは変わりません。
まずはコントロールのできる
まずはコントロールのできる
自分自身にフォーカスをあてて



