情報発信をすること
は、誰にでもできるようになりました。
その情報や言葉には
どんな価値がありますか?
そしてあなた自身には
どれほどの価値があるのでしょうか?
ネットビジネス系のブログやメルマガでも
「価値を与え、その対価としてお金を頂く」
などと表現されます。
その価値って何でしょう?
先日、何気なく見ていたTVで
「Yahoo知恵袋」
のことを特集していました。
こうやってブログを書いたり、読んだりする
方なら一度や二度はお世話になったことも
あるはずです。
僕も時々お世話になってます。
割とレアな疑問点にもキチンと答える人は
いるもので、スゴく重宝しています。
中には吹き出しそうな「変わった」質問に
真面目に答えたりしていて。
一つのコンテンツとしても楽しめるもの
ですよみたいな紹介がされていました。
で、この知恵袋やWikipediaもそうですが
基本的に本当かどうかはご自分で判断して
くださいってところがミソ。
だから、たまに「えっ?マジで?」って
思うような答えが載ってたりします。
信じるも信じないもあなた次第
じゃないけど似たような感じ。
質問する方も気楽に使えるし
答える方も「あっ!それ知ってる!」
って感覚で教えてあげたりして。
当然、信頼度的には落ちてしまうけど
少なくとも、わからないこと、知らない
ことを手軽に誰かに聞きたい
というニーズはあるということです。
だから、あなたの経験や知識を必要と
している人は必ずいるということ。
その部分をキチンと理解していれば
あなたが発信する情報には必ず価値がある
と言えるのです。
ただ、先ほども書いたように
情報の信頼性
という点で考えると、質問する側からみれば
その道のプロ
に聞いてみたいというものがあります。
【その道のプロになる方法】
マルコム・グラッドウェルの著書
『天才!成功する人々の法則』では
10,000時間練習すればほとんどの分野で
プロになれるとあります。
10,000時間
長いと感じるか短いと感じるかは
人それぞれでしょうが
例えば1日8時間、年間200日働くとして
6年と3カ月
大学を卒業し22歳で就職し
30歳前にはプロになれるのです。
どうです?
それくらいの期間働いている人なんて
この世に掃いて捨てるくらいいるはずですが
世の中にプロってそんなにいませんよね。
これには訳があって
この1万時間は、方向性を持った、分析を
伴う1万時間だ。
私は、deliberate practice(熟考した練習)
という表現を使うことにしている。
外に出て、ゴルフボールを打つだけでは
上達しない。
弱点を練習する、練習方法を分析する、
など常に長所と弱点に集中する1万時間だ。
と著者へのインタビューで答えています。
それはそうですよね。
だらーんとただ無駄な時間の使い方をして
10,000時間をすごしたってプロになんて
なれるわけありません。
そして、このようにも言っています。
「集中して1万時間練習する必要がある」
と知ることと、実際に実行することは
別であること。
1万時間の核心は、それが非常に長いことだ。
1万時間の練習を積むためには、
10年間はかかるだろう。
excellence(卓越)に達するために10
年間自分をコミットさせるのは、非常に
気が遠くなるようなことである。
人に「プロになるには1万時間集中した
時間が必要だ」と言うと、大概の人は、
肩をすくめて「それはあまりにもきつい」
と言う。
エクセレンスへの到達をやめてしまう。
だから、1万時間の練習はとても
ハードルが高い。
これを見て諦めてしまうのも
ゴールが明確になったんだから気合が入る
って思えるかは自分次第ですが
自分の時間を有効に
使えない人が成功をする
なんてことはあり得ない
ということだけは肝に銘じておかないと。


