生まれて初めて何かをすることは緊張する。


未知の世界に足を踏み入れるときは、後ろを振り返りたくなる。


僕は、「コインランドリー」に、ついに行った。


行かざる終えない環境が僕の家にはある。


洗濯機がないのである。


洗濯物は、生きている限り半永久的に増え続けて、僕のパンツはもう今日の一枚が最後だった。


テクテクと歩き、洗剤を行きしなに買った。


往復一時間かけて、コインランドリーに行った。


僕のイメージは、窪塚の主演映画「ランドリー」であった。


どっかからの帰りの飛行機の中で見た。


なんか汚いようなところで、誰もいなくて、本か雑誌を読みながら待つものと思っていた。


僕は、村上龍の「空港にて」をもって、ウォークマンも持って、ドキドキしながら行った。


やっと見つけて入ったら、映画の世界よりも進んでいた。


洗うのと乾燥が一台ででき、洗剤も勝手に出てくるみたいで心配なかった。


終了の時間に電話をくれるサービスや、空席照会やないけど、今空いてるかも電話で聞けるらしい。


コインランドリーには引っ切り無しにお客さんが現れた。


洗濯機がないのだろうか?


なんか大量に洗いたいのであろうか?


女性の姿は少なかった。


服装に無頓着みたいなヒトがたくさん来店した。


一人は待ち時間に、財布のレシートを声を出して読んでは破り、読んでは破りしていた。


一人のおっちゃんは、空いてないことに怒り出し、僕の目の前のランドリーを強めに殴って行った。


女性が来て、恥ずかしそうに退散した。


なんか気まずい雰囲気だった。


何かを洗いたいという欲求か義務感が皆を引き合わせて、気まずい雰囲気を醸し出していた。


洗濯機がこの気まずさを解消してくれるんなら。洗濯機を買おうという衝動に駆られた。


でも当分は無理なんで、僕はコインランドリーに行こうと思う。


新しい世界には、たくさんの出逢いがあった。


会釈をしてくれたおばちゃん。


忙しそうなスーツのヒト。


怒ったおっちゃん。


なんか知らんけど、村上龍の短編小説、「空港にて」の世界観がここにはあったように感じた。


知らんヒトが知らんところで、知らんがために気も遣わずに空間、時間を共有する。


何かがあるんやろうし、何かを思っているんやろう。


知ったこっちゃないし、知る由もない。


そんな出逢いを繰り返し、ひょんなことから何かが起こる。


知らんところに行って。知らんかった世界観を感じて。


僕は少し楽しかった。