こんばんは。パンのミミです。いやー、久しぶりすぎますね。更新するの。すっかり書かなくなってしまって。

なんか、文章に表すと安っぽくなってしまうような気がして。たぶん文才のなさでしょうが。

表現しきれない気持ちの奥から生まれるジレンマが自分を追い込んでいってるような気がしてたからです。


「書こう。」って何か急に思ったから書くことにします。今、自分をタイピングさせている力はとても強いものだと思います。


最近の僕は単位を取り終え、フラフラと本を片手に出歩いています。最近読んだ一冊の本。今の自分を瑞瑞しい人間にしてくれました。


リリーフランキー著。「東京タワー オカンと 僕と ときどき オトン」。


この本を読んで何か大切なものを再確認しました。それは「愛」と「死」の狭間に生じる空間です。そう。この空間は時間軸と共に幾度となく、喜びと落胆を連続させ、死を意識し生に感謝し、愛を信じ愛に生きる空間なのです。


僕の母親は、僕が大学1年の夏休み。急に体調を崩し、病院に通いました。痛烈な腹痛が幾度となく母親に襲い掛かり、苦痛な叫びが続きました。


痛みの分かる人間に僕はなりたいと思います。でも、この時の痛みは自分の想定を超越した痛みのようでした。我慢してました。母親は。大丈夫、大丈夫と繰り返して。大丈夫と何度も聞くと、余計に心配になりましたが、その言葉しか信じるものはありませんでした。

しかし母親は急に入院しました。僕はそのときを知りません。大丈夫と信じ、大丈夫だからと送り出され、僕はタイにいたからです。タイから帰り、空港の到着ゲートから出た僕は父親の脇で小さく小さく立っている母親に視線が集中しました。尋常じゃない空気。僕は母親の本当の痛みは分からなかったけど、空港の片隅の尋常でない空気は読める男でした。

母親の目には涙とともに愛情が、にがいくらいに込み上げては流れ。込み上げては流れ。繰り返していたのです。

帰路に就き。父親の初めて見る涙とともに死の宣告に近い病名を聞くことになりました。


癌という名の生き物でした。


死に限りなく近い病気であることは周知の事実でした。僕は腰が抜けたというか、父親の初めて見る涙とともに異次元の世界。つまり、嘘が凝縮したトマトジュースを一気に飲み干したような感じ。ドロドロとした飲み心地になりました。僕は無力感から自動車学校を無断で休み、両親に木っ端微塵に怒られました。こんな時なのに何で怒らすのって言われました。僕はお墓に行ってました。死んだおじいちゃんに伝えたいことがあったからです。「お母さんを奪わないで欲しい。頼むよ。じいちゃんって。」

知らない神様に縋りたくはなかった。死んだじいちゃんに縋りたかった。だって一番、頼りになる神様だったからです。

そして木っ端微塵のまま、僕は大学のサークルで屋久島に行くことになりました。

「僕が傍にいても何かが変わるものではない。私が頑張るから。」母親にそう言われました。「あんたは自分のやらないといけないこと、やりたいことをやりなさい。」そう何度も言われました。僕は妙に納得しました。生きたいと願う人は妙に美しかったからです。この時、もらった言葉は今も僕の行動規範です。


時間軸は進んでいきました。今、本当に思い出しても思い出せない部分が多々あります。それは、僕が闘病の母親を故郷において、遠く離れた九州の土地で普通に普通に登下校を繰り返していたからです。

離れた母親と連絡は取りませんでした。取りたかったけど取れなかった意気地なしでした。

泣きました。ずっと。帰りの下校のバスの中さえも。


連絡がないことを逆に祈りました。連絡がないことが母親が元気である唯一の証拠だったからです。


時間軸は進んでいきました。時間は傷を癒し、病を屈服させ、治療と共に母親の体は少しずつふっくらと笑顔が優しくなっていきました。


もう僕は卒業の季節を迎えようとしています。故郷にはいつも母親の笑顔で満ちています。


幸せとは日常の生活に満ちている。朝起きて、顔を洗い、トイレを済まし、コーヒーを頂く忙しない朝の風景にも。


母親が病と面と向かって闘った日々は、日常の生活とはかけ離れていました。そう思います。


しかし、それも今は昔。今昔物語であります。


母親が病に倒れた時間。「愛」と「死」の狭間で生じた空間は、過去のこととして今の僕は冷静に語ることだって出来るようになりました。この文章を綴っている自分自身が日常の日々に飛び切りの喜びを感じています。加えて、母親が生きていることに感謝しています。


母親がパソコンスクールに通いだしたことを最近知りました。


タイピングを習っている母親の姿を想像すると、僕は自然と顔が朗らかになってきます。


「生きること」の素晴らしさを教えてくれた母親は、今日も元気に元気にパソコン教室に通っています。


じいちゃん。ありがとね。