夜分遅くにお邪魔します。パンのミミです。

おばあちゃんの家には古い本棚があります。本棚には数冊の本。しかし、僕は今おばあちゃんが本を読んでいる姿を思い出すことが出来ないでいます。おばあちゃんは本を読むのを好ましく思っていないのだろう。そう感じます。今の僕にはその本棚にある一冊の本が鮮明に思い出されます。文豪、遠藤周作の「眠れぬ夜に読む本」。

僕は今眠れないでいるのです。そして村上龍の「映画小説集」をずっと読んでいます。もしも今、遠藤さんのこの本が手元にあったなら。僕は眠ることが出来るでしょうか。おばあちゃんに何度か聞いたことがある。その本読んだら眠れるかって。子供ながらに不思議だった本のタイトル。おばあちゃんは決まってこう答えるのです。「おばあちゃん、本読まなくてもぐっすり眠れるから。」おばあちゃんのくしゃっとした笑顔を思い出しました。和歌山に少し帰りたいな。今宵は感傷的な気分です。


本を読みながら僕は一曲の歌を十数回リピートして聞いています。何度聞いても歌詞を覚えることが出来ません。そして、リピートボタンを押しに五分数十秒ごとに席を立つので本のページも全然進まないのです。今聞いている曲はとても素敵な曲です。願わくば曲のタイトルを知りたいと思っています。加えて、口ずさみたいなって。しかし、その術を僕は持ち合わせていないでいます。

僕が小学校四年のとき、母親が簡単な質問を僕にしました。社会の授業で習うようなことだったと覚えています。そしてその答えを発したとき、お母さんは僕に「物知り博士」って言ってくれました。「物知り博士。」とてもいい響きでした。心底うれしかった。他愛もないことだったけど本当にうれしかったのです。でも、それと同時にこう思ったんです。「当たり前だよ。その質問の答えを言うために二年も待ったんだから。」小学二年の時、偶然読んだ伝記の本が今回の答えを教えてくれました。お母さんに褒められたかったのだと今は思います。本を読み、テレビの内容を記憶し、先生の話を聞いて、公文式でいろいろ覚えて。僕はいつか来る母親の質問に答えることが出来る準備をしていたのだと思います。二年後に来た、偶然のチャンス。そのチャンスを手に入れることが出来たからこそ、「物知り博士」の称号を与えられたのだ。子供ながらに誇らしく、低かった鼻を高々と突き出しました。


僕が今聞いている曲を、僕はいつか調べたいと思っています。そして、もし二年後に。もし、とあるカラオケで。もし、大切な人といれたなら。僕はこの歌をゆっくりと歌いたいと思います。そして、もしもその大切な人がこの曲を素敵な歌だといってくれたのなら、僕は小学四年生のときに感じた感動を25歳になってもなお、この上ない幸せだと感じていることでしょう。