こちらでは、病気になった患者の家族という立場から、その闘病生活についてお伝えしています。
同じような、親や兄弟に患者さんがいる方に向けて、その心にほんの少しでも寄り添えるブログになればと思い、書いております。

前回のこちらの記事からの続きです。
よろしければ、続けてお読みくださいね。






朝になって
私も病院へと向かった。

足取りは重いけど、
どんな状況なんだろう?
急がなくちゃ

そんな思いで向かっていた。




父は救急搬送されたから、
運ばれたのは、まだ救急病棟みたいなところ。

搬送された病院は
総合病院なんだけれど、
当時は新たに別の場所に移転する直前で、
めっちゃくちゃボロくて薄暗い建物だった。




病院に着いてはじめて、
自分が部屋着のような格好で
出掛けるときは必ずつける
コンタクトもはめずに、
メガネ姿のまま来ていたことに気付いた。



しかも、、
病院の受付で救急患者の家族だと
名乗ろうとしたら、、、

相手の男性職員は
高校時代の同級生だった。



”こんな精神状態のときに・・・”

そんなに親しい人ではなくて
ほとんど話したこともないから、
私のことを覚えていたかも分からないけれど、


だからこそ、なんとなく
気まずい空気になっていた・・。





母に会い話を聞くと、
意識がずっとなかったのが
少しレベルが上がって
手術出来るようになったらしい。



でもお医者さんからは
「万が一のことがあったときは、延命するかどうかご家庭で決めてください」
と言われ、

そんなこと急に言われても、、
父とそんな話もしたことないし・・
と、母と相談した。

結局、延命しても気の毒だし・・・
と、延命措置はとらないでもらうことにした。






それからどんなことがあったか、
あんまり記憶にない。


ひとまず私は帰宅することになった。


帰るために病院を出て一人になると、
この事実と疲れとが
どっと押し寄せて、涙が出てきた。



すると、来てくれると
連絡を受けていた父方の叔父が
病院に向かって来ながら
手を振ってくれているのが見えた。


私は急いで笑顔で手を振り返した。

挨拶と少しだけ会話して、
私はそのまま電車に乗った。



駅に着き、家までの道を
歩いていると
再び涙がポロポロ出てきた。


<続きます>