こちらでは、病気になった患者の家族という立場から、その闘病生活についてお伝えしています。
同じような、親や兄弟に患者さんがいる方に向けて、その心にほんの少しでも寄り添えるブログになればと思い、書いております。

前回のこちらの記事からの続きです。
よろしければ、続けてお読みくださいね。








8年という月日が流れても、
母が書いたこの記録を読むと
当時の気持ちがありありと蘇ってくる。




救急車で父が運ばれるとき、
私だけ家に残った。


時刻は午前4時をまわったところ。

まだ辺りは真っ暗だけれど、
父は一体何の病気になったのか?

気になって気になって、
ケータイだの電子辞書だの
調べまくったりして
なかなか眠る気になれなかった。


私が母に呼び起こされて
父が救急車に乗るまで、
私が見ていた限りでは
父は普通に起きていて、
会話も出来ていた。

母が通報してるときに、
私はそっと父たちの寝室を覗いた。

父は普通にベッドに腰かけて
前屈みになって片手で頭(おでこ)を
抱えていた。

私は恐る恐る
「だいじょうぶ?」
と一言聞いてみた。

父は小さく「うん」と言った。
なんとなく迷惑そうにしている感じに聞こえた。




そんなふうに家にいる時は
普通にやりとりしていたのに、
救急車の中で再び意識がなくなったらしい。


病院についた母から
そんな話を聞き、
病名はくも膜下出血だと教えられ
「そうなんだ」と答えた。

でもそこから状況が飲み込めず、
信じられなかった。
ずーっと
ふわふわ ふわふわ
体が浮いてるような感じ。


少しは寝たのだろうか、
その辺りはあまり記憶がない。



うちでは休日の朝にと、
よく惣菜パンや菓子パンを買っていて
それが休日のちょっとした楽しみでもあった。

その時も家族の人数分のパンを買って
パン屋さんの袋に用意してあった。

でも朝になってその袋を見たとき、
恐ろしいほどの空虚感に襲われた。


いつも通り皆で食べるはずだったのに。。


家族で味わう休日の象徴が
ガラガラと音をたてて崩れてしまいそうで、
恐ろしくて

そのパンの袋には
ついに手を伸ばすことが
出来なかった。



<続きます>