いつも夢には、最近のことは出てこなくて
20代の時の”まだ何者でもなくて、何も成し遂げていない時”の夢ばかり見る。
日頃は忘れている、
恥じらい、不安、若さゆえの葛藤、
そんな感覚が蘇る。
今は毎日が基本的に平和だし、
何かあってもあまり一喜一憂せず大体解決出来る。
でも人生が充実しだした30代以降の夢は見ない。
あの、コンプレックスや不器用な時代の方が
脳は私を私と自認して、メモリにしっかり刻まれているのだろうか。
東京での事業家、海外、沢山の経験、
人にも教える立場になり、様々な開発など。
人脈や経験も増えた。
でも夢の中では、
いつも今は出てこない。
昔の風景、昔の性格、昔の感覚。
多感だった時期が記憶に残りやすいのかな。
なぜ、楽しいことより
そうでなかった頃ばかり思い出すのだろう?
今は人生の折り返し地点で、
がむしゃらにキャリアを作ったり、
人間関係に悩んだり、
家族との不仲などもなく、
本当に平和な毎日だ。
でも本当は葛藤がある頃が実は1番充実していたのかもしれない。
苦しい、悔しい、思い通りにならない
何て方が生きている感じはする。
今はあらゆることがすぐに解決出来るようになって、
時間の使い方、人間関係の距離の取り方や
トラブルも起こらないように予測して動いたり、
リスクヘッジもうまくなった。
多分考える力や行動力などは
20代の時とはレベチだと思う。
そのアクションが不正解になることも少ない。
頑張った成果だから、人生も安定して
周りに振り回されることなく
お金も時間も人も自由に出来る。
でも私はどこか昔が懐かしい。
若かったから、出来なかったことも沢山あり
若かったからこそ、出来たことも沢山あったよなと思う。
あの平成の空気感。
今はパワハラだ、セクハラだとコンプラが強くなり随分と生きやすい。
飲み会なども減り、
あまり人に固執して生きなくても良いし、
何より「おじ」との付き合いも無くして行き
若い時は随分飲みに連れて行って貰ったり
お世話になったが
今はインターネットもあり、
自分で調べられるし
そもそも考え方の部分で固まっているので
教えを乞う必要もなくなった。
経験値も増えたので、
彼らに食事に連れて行って貰ったり
体験をさせて貰う時期も過ぎたから
年下とお付き合いした方が楽しい。
平成では当たり前だったことが
令和では淘汰されていき、
益々ストレスもなくなる。
そしてどんどん立場も出来てきたから
人から上から来られることもまずないし
周りの環境も民度がどんどん上がって行った。
一方で、私は少し昔の葛藤感が懐かしい。
こんな楽な時代になったのに、
私の世代で葛藤を抱えている人は案外多い。
葛藤の原因であり自分でハンドリング出来る領域のことは、
解決出来るようになったので
葛藤を抱えることはなくなった。
でも、少しそのような葛藤を抱えたいとも思っている自分もいる。
だから、私は連日政治や社会問題に目を向けているのかもしれない。
ネパールの鉄砲水災害、熊本地震、
強姦殺人、外国人問題。
沢山の予期せぬ問題は突然起きる。
社会を良くすること、
日本の方向性など
毎日考えている。
ミクロ目線だと、周りの社員や子育てなど。
マクロ目線だと、これからの動向など予測していたり、社会問題の背景についてなど考えることも多い。
こうして人は大人になるわけだし
それで良いと思うのだが、
この出産などが終わってもチャレンジはしていきたいと考えている。
意外にもビッグチャレンジは
50代とかかもしれないよね。