先日、うちの生徒(小4)が算数の問題に向き合っていた際のお話です。 (テキストは小5後半の問題です。)
通常は家で朝から学習をして、登校するのですが、その日は予定量が消化できず、なぜか学校に持って行ったそうです。
(これ自体良くないのですが・・・)
その子は、行き帰りの時間か、もしくは休み時間に取り組もうと思ったのでしょう。
学校でそれを見つけた先生が、なんと、懇切丁寧に解き方と答えを赤ペンで書き込み、全て教えてしまいました。
最悪です。
その子が考えるチャンスを奪ったのです。
学校教師、塾講師に関わらず、指導者が解法と答えを全て教える人は少なくありません。と言うより大半がそうでしょう。
子供はそれで、「良く分かった!」「分かり易い」何なら、「優しい先生」と感じるのかも知れませんが、実際にはそうではありません。
懇切丁寧に説明をしてもらい、答えまで教えて貰えば、誰でもわかった気がします。
そう、【分かった気がする】のです!
次回、それに付随する問題や発展の問題が出た時に、それを応用してできるのかと言うと、多くの場合そうではありません。
もちろん、中には一度教えられたら、深く理解して、次の応用でそれを使いこなす子も少なからずいるでしょう。
因みに、その子のお母さんも長年うちに来て下さっている方ですので、ポイントは良く理解しておられます。 子供に先生が書いた所を隠し、その日の内に再度トライさせましたが、やはりできませんでした。
多くのお子さんは、教えられたことが直ぐに定着する事はまずありません。
教えられることに慣れていて、何でもすぐに聞く。
そうした習慣が強い子、そうした環境にどっぷりな子は、全てを経験しないといつまでもできません。
つまり、短絡的に教えると、考える力、実力はつかないのです。
これは小学生だけでなく、幼児でも全く同じです。
(もちろん中高生、大人でも同様です。)
考える力は、それぞれの段階に応じて、考えるチャンスを多く与え、簡単な所から【考え→解ける】と言う流れを作り、育てて行くものです。
昨今、大人でもそうですが、何も考えず直ぐに人に聞く人がとても多いです。 そして、「簡単に聞いて、直ぐ忘れる」を繰り返します。
日本の学校教育でもそうですが、考えるチャンスを奪う状況が今の考えない大人や教育レベルの低下を招いている原因の一つだと考えます。
因みに私の教室では、とにかく「教えない」「考える」と言う事を、幼児の段階から徹底しています。
ですから、一人で何学年も上の学習ができる子が多いのです。