しんどい!けど楽しい♡アラフィフ母の子育て奮闘記 -6ページ目
ちょいちょい目にする
生後1ヶ月の乳児とその母親が。。。
みたいな悲しいニュース。
あと
あと
せめて3ヶ月生きていてくれたら。。
と
いつもそう思う。
もちろん人それぞれ
体質も状況も違うけれど
まだ明らかにホルモンにやられてる時期だよ〜
と
悔しくなる。
私は今
6歳の息子と1歳4ヶ月の娘を育てていて
2人産んではっきりわかることは
妊娠中
そして産後一年くらいは
ほんとーに
ホルモンバランスにやられていた!
ということ。
産後は特にそうで
4ヶ月くらい経ってようやく
少し正常な自分になってきた…かな…
そんな感じだった。
もっと言えば
おっぱいをあげていた1年7ヶ月は
“通常の自分”とは
違う自分だったな
と思う。
でもこれは過ぎてみてわかることで
その当時はやっぱり
すごく繊細になっている自分の心に疲れて
とても苦しい時があって。
特に1人目の時はそうだった。
でも
繊細になってるからこそ感じられる
小さな
でもとてつもない幸せとか。
自分の中でいろんな感情が
ぐるんぐるんしていた。
妊娠中に増えた女性ホルモンは
出産すると急激に減る。
なので個人差はあれど
誰でも
このホルモンバランスの影響を受ける。
妊婦雑誌なんかには
ホルモンバランスが崩れやすい
ということは書いてあったりするけれど
それを読む時には
もうすでに
“通常の自分”
とは違くなってるわけで。
なので
脳みそが柔らかい学生のうちに
授業で
男女ともに
そういうリアルなことを
教えてもらえたらいいのにな
と思う。
妊娠も出産も子育ても
本当に素敵な経験。
なんとも言えない幸せを
感じられる。
それも本当に本当のこと。
どちらのリアルも
事前に知っておくことで
だいぶ違ってくるんじゃないかな
と思う。
今
妊娠中
産後
で
もしも
苦しんでいる人がいたら
声を大にして言いたい。
それはホルモンの仕業ですからー!!
自分のせいじゃないですからー!!
通常の自分じゃないですからー!!
必ず必ず
『あの時の私どうしちゃってたんだ??』
ていう時が来ますからー!!
通常の自分に戻りますからー!!
自分を責めず
自分を責めず
このホルモンめ〜〜!!
と言いながら
ただただ
今をぐーたら過ごしてください。
ぐーたら大事。
そして
おっぱい神話に惑わされるなー!!
ミルクでも何の問題もなく!
子は育つ!!
おっぱいは
出るならあげればいいし
出ないならミルクあげればいい
ただそれだけ。
どちらが良い悪いではなく
ただそれだけ。
心底そう思う。
そしてそんな奥さんの隣にいる旦那さん。
どうか
寄り添い続けてください。
支えてあげてください。
しつこいくらいに
優しい言葉を
かけ続けてください。
とにかく奥さんを
少しでも多く
眠らせてあげてください。
やっと歩けるようになった
1歳4ヶ月の娘は
毎日ニコニコしながら私のもとへと
ヨチヨチ歩いてきます。
なんだかもう可愛すぎて
倒れそうになります。
今年7歳になる息子は
時々
「ママ、オレがママを守ってあげるからね!
安心して!」
とか言ってくれます。
毎日ギャンギャン泣いていた
(私も一緒に泣いていた。。)
あの赤ちゃんだった子が
です。
子育ては本当におもしろい。
大変なことがあっても
結局とっても
おもしろいです。
義父母の家にいるミミ
(私実家にいた亡くなった猫)
の兄弟のミカンが
今朝突然旅立ってしまった。
14歳。
いつも通り朝ごはんを食べて
いつも通りトイレに行って
いつも通り大好きなイスの上で寝ていて
そのまま突然
だったそう。
悲しい。
淋しい。
でもなんて
なんて幸せな最期。
まだあったかくて
やわらかくて
ふわふわしてて
ほんとにほんとに
眠っているようだった。
「幸せだったなー」
て
伝わってきた。
まだ全然普通に
おうちにいる感じだったけど
やっぱり死が放つエネルギーは
すごい。
私は看取れたわけではないのに
帰りの消耗がすごかった。
みなさん
今年の夏は
たくさん笑いましたか?
正直私は
最後の週なんぞ
1ミリも笑ってなかったように
思います・・・
つらすぎた。
今夏はつらすぎた。
夏休み終わり
幼稚園が始まった今思うことは
息子よほんと〜〜に!
申し訳なかった!!涙
ということ。。
相変わらず寝返りから戻れない…
戻る気のない
7ヶ月の娘。
夜中うつ伏せで寝ると戻れず
泣いて起きるを繰り返し
プラスおっぱいで起き
私は最強に寝不足。
な状態で子2人連れ
猛烈な暑さの外に出て
2度ほど
熱中症になりました、私

というか幼子を連れては
とてもとても怖くて
出られる暑さではありませんでした。
極めつけに
もう干からびていた最後の週。
息子高熱を出し
娘マーライオンのように吐き救急外来へ走り
落ち着いたと思ったら
私が熱を出し…
11月で40歳になる私ですが
たぶんもうこの夏で
48歳くらいになったと思います。
息子はすっかり
ディズニーチャンネルに詳しくなり
こんなのよろしくない…よろしくない…
と思いながらも
どうにかする力が
私には残っていませんでした。
ごめん!!
息子よ!!
9月はたくさん出かけよう!
遊ぼう!
そして
一緒に笑おう!
笑うって大事。
本当に大事。
最近話題の
『ママ閉店します』ツイート。
私も最終日
やりました。
『ママ本日は
閉店
(おっぱいのみやっています)』
貼り紙をはって
部屋にこもりました。
強力してくれた夫
どうもありがとう。
来年はどうか
猛暑じゃありませんように

そしてもっと
眠れてますように
の続きです。
とりあえずは
大きな問題なく
早産で産まれてきた娘。
NICUでの日々が始まる。
分娩室から4人部屋に移り
NICUにいる娘に会いに行く。
初めてのNICU。
テレビでは見たことがあったけど
現実に来ることになるとは。。
少しドキドキしていた。
髪は結び
まずはアルコールで手を除菌して
マスクをして
部屋に入る。
入ったら石鹸でよく手洗いをして
さらにアルコールで除菌をする。
静かなNICUは
いろんなアラーム音だけが
響いていた。
そして
保育器に入っている娘。
水分?糖分?の点滴と
まだうまくミルクを飲めないため
口から胃に管を入れていた。
小さい。
なんか
不思議。。
ほっとしたのと
不安なのと
いろんな感情で
私はぼんやりしていた。
小さい扉から手を入れて
ただただ
娘の手を握り身体を撫でていた。
朝一番で新生児科の先生から
詳しい話があると言われていた。
どんな話なんだろう。。
部屋に戻っても眠れるわけもなく
不安なまま朝を迎えた。
夫と一緒にNICUに行き
夫は初めて娘と対面。
「わーはじめましてぇ♡」
と
嬉しそうに言っていた。
担当の男の先生から
早産というのは
必ず何らかの原因があって
これ以上赤ちゃんがお腹にいると
赤ちゃんやお母さんに危険がある
と身体が判断して
破水をさせるということ。
けれどその原因を特定するのは難しい
ということ。
だから
危険がある前に産まれることが出来て
良かったんです、
お母さんが悪いんではないんですよ、
と言ってくれた。
そして
早産の中では
赤ちゃんは
とても身体がしっかりしている方。
けれど本来なら
お母さんから10もらえる免疫が
6くらいしかもらえてないということ。
そしてやっぱりまだ
全体的に力が弱いため
様子を見ていく必要があるので
赤ちゃんは
2、3週間の入院になるということ。
などなどの説明を受けた。
とにかく
先生が優しい。
すごく言葉を選んで話してくれているのが
わかった。
看護師さんや助産師さんも
本当にみんな優しくて
娘はもちろん
私も
とても支えられていた。
5年前
息子も同じ病院(日赤)で出産したけれど
実は
次の子は別のところにしよう。。
と思っていた。
日赤はとにかく母乳推しがすごくて
いい助産師さんもいたけれど
すごくスパルタな助産師さんもいて
息子の時は2回
つらくて夜中にひとりで泣いた。。
そして2人目を妊娠。
39歳での出産。。
家から歩いて行ける。。
上の子がいる。。
迷ったけれど結局また
同じ病院を選んだ。
結果
まさかの早産だったので
本当に日赤を選んで良かったと思う。
しかも
本当にみなさん優しい。
子どもがNICUにいるから
気遣ってくれていたのだろうけれど
息子の時との違いに驚いていた。
私もこれが1人目だったら
きっともっとつらかったかもしれない。
自分を責めていたかもしれない。
けれど2人目なせいか
産んだ時こそ自分を責めたが
その後は
もう今私が出来ることをやるしかない!
と
すごくシンプルな思考になっていた。
に続く。。。
ブログ
全然書けないな笑
しかし
2人目の出産の時のことを
なんとか書きたい。
残したい。
忘れてしまうからねえ。
出産という貴重な体験。
しかも今回は早産。
息子も37週4日で生まれてきたから
早い方ではあったけれど
正産期(37週以降が産んでOKな時期)
にはなっていたので
特に問題もなく一緒に退院出来た。
でも今回は
34週6日での出産。
早産。
こうやって数字で見ると
早かったんだな〜と
実感する。
あの日
2018年1月6日の土曜日。
少し遅いお正月の挨拶で
夫の実家に行っていた。
電車で1時間半くらいなので
いつも通り日帰りで。
夜の8時半くらいに帰宅し
夫と5歳の息子がすぐにお風呂に入った。
私も一緒に入ろうと
とりあえずトイレに行くと
『あれ…今のは何だ…?』
力を入れると
いつもとは違う何かが
シャーっと出てくる。。
なんとなく嫌な予感がしながら
もう一度力を入れてみる。
シャー。。。
『もしかしてこれ
破水?…』
息子の時は陣痛からだったので
破水の感覚を知らなかった。
ぼんやりしながらお風呂場に行く。
私「あのさあ、なんかさあ、
シャーって
出たんだけど…」
ぼんやりしながら夫に言う。
夫「え?シャー??」
私「なんか、破水な気がする」
夫「え!!!!」
私「どうしよう、まだ34週なのに」
夫「え!え!病院!
病院行かなくちゃ!!」
焦る夫。
そりゃそーだ。
息子も不安な様子。
私は静かにパニクっていたけど
でも不思議とどこか
冷静だった。
私「とりあえず病院に電話する」
病院に電話すると
来てくださいと言われ
事前に登録していた
陣痛タクシーに電話する。
思えば
まだ年が明ける前。
出産予定日は2月12日だと言うのに
なんだか私は焦っていた。
とにかく準備は全て
年内に終わらせないと!と
全て終わらせていた。
予感をしていたんだと思う。
なので
入院準備もばっちりだったけれど
なんとなく
まだお腹も痛くないし。。
破水じゃないかもだし。。
と思い
入院グッズは持たずに
(一応お股にタオルを挟んで)
タクシーに乗った。
早産であってほしくない
という思いもあったのかもしれない。
事前に病院の場所は登録してあったので
勝手に行ってくれる。
陣痛タクシー素晴らしい。
(ちなみに私が登録したのは日本交通。
マタニティーグッズまで頂けた。
素晴らしい。)
10分もしないで病院に到着。
『あ、お腹痛い…』
救急外来で受付をしていると
少しずつ痛みを感じ始める。
破水かどうかを見るため
車椅子で診察室へ。
診察台に上がり
足を広げた途端
じょぼじょぼじょぼ〜!と
羊水が流れた。
「こーれは完全破水だねー
このまま入院になります」
と先生。
『まだ34週なのに破水て…どうしよう…』
突然のことにわけもわからず
ただただ不安だった。
すぐに夫に電話をして
入院グッズを持ってきてもらうことに。
寝ている息子を置いてはいけないので
起こしてチャリで一緒に
病院に来てくれた。
午前0時。
眠いわ夜中の病院だわ
ママは点滴しながら横になってるわで
不安でおかしなテンションになっている息子。
少しずつお腹の痛みは増していたが
まだ全然な気がしていた。
破水をしてしまっているため
翌日中だったかな?
には出産しないとダメなこと。
もし陣痛が弱いままなら促進剤を使うこと。
などなどの説明を受け
いろいろな書類に夫がサインをする。
そして
産科病棟は中学生以下は入れないため
夫と息子は帰ることに。
不安そうな息子。
ギュッと抱きしめて
明るくバイバイをした。
陣痛室へ移動。
ここで陣痛が強くなるまでひたすら待つ。
助産師さんと話をしている間に
だいぶお腹の痛みが増してきていた。
『でもきっとまだまだだろうな』
助産師さんが部屋を出て行きひとりになった。
午前1時。
『ひとりになると不安…
息子の時は
ダンナがずっと一緒にいてくれたんだけどな…
しょうがない…がんばらないと…
赤ちゃん大丈夫かな…
息子大丈夫かな…』
と
ブツブツ考える。
その時なぜか私は
『あ、来週末友達と約束してるんだ。
連絡しないと!』と思い
すぐLINEをする。
すぐに返信が来て
友人も驚いている様子。
それに私も返す。。
が
その数分のうちに
急速に痛みが強くなっていた。
『や、やばい…痛い…』
ちょうどそこへ助産師さんがきて
そのことを伝えた時
いよいよ強烈な陣痛がきた。
助産師さん「旦那さんの立会い希望されてるけど
来てもらう?」
私「いやいいです!
息子がいるので来れないので
呼ばなくて大丈夫です!!」
強烈な痛みで体が震えだす。
我慢出来ず
「うぅぅ〜〜痛い〜〜」
と声が漏れ出す。
そしてまた一気に羊水が流れ出る。
たった数分の間に一気に陣痛が進んだ為
助産師さんも少し慌てていた。
そう
陣痛室から分娩室へ
歩いて移動しなくてはいけないのだ。
目の前だとは言え
この痛みの中歩くなんて信じられない!!
と
息子の時にも思った気がする。
なんとか分娩台に上がり
いよいよ出産。
痛みでおかしくなりそうになりながらも
"34週"
というのはずっと頭の中にあり
赤ちゃんが無事なのかが
とにかく不安だった。
次の陣痛でいきめば頭が出てくる!
というところで
なかなか陣痛が来ない。
もうそこまで来てるのがわかるのに
赤ちゃん絶対苦しいはず。。
一瞬の沈黙。
不安になり
「なんか陣痛がこないんですけど…」
と先生に言ったところで
やっと痛みがくる、が
なんとなく弱いような。。
でももう絶対ここで出してあげないと!!
と思い
意識しておもいっきりいきむ。
なんとか頭が出てくる。
先生が
「赤ちゃん出てくるよー!」
と言った。
『大丈夫かな…』
不安で涙が出てくる。
そして
股の間から出てきた赤ちゃん。。
泣かない。
紫色でぐったりしている。
先生が急いで私の後ろの方へ連れて行き
吸引をする音だけが聞こえる。
『お願い!…』
するとようやくそこで
小さい泣き声が聞こえた。
2018年1月7日
午前1時38分
2,214gの女の子
家で破水してから
4時間くらいでの出産だった。
私は1人目の出産の時も
2人目のこの時も
痛みで叫ぶとかは全くなかった。
でもその
小さい泣き声が聞こえたその瞬間だけは
「早く産んじゃってごめんね〜〜
小さく産んじゃってごめんね〜〜
よくがんばったね〜〜」
と
泣きながら赤ちゃんに向かって叫んでいた。
この時の恐怖と安堵は
経験したことのないものだった。
しばらくすると
タオルに包まれた赤ちゃんを
隣に置いてくれて
助産師さんが写真を撮ってくれた。
そしてそのまま
赤ちゃんはNICU(新生児集中治療室)へ。
本当なら
数時間後には母子同室になるけれど
少し早く産まれちゃったから
NICUに通うことになると
助産師さんがやんわり説明してくれた。
そして
「旦那さんに電話するね」
と病院から夫の携帯に電話をしてくれた。
が
「何度鳴らしても出ないわねえ笑」
と。
「あはは…寝てるんだと思いますー…」
苦笑いな私。
私からも電話するが
出ない。。
LINEをしてももちろん
既読にはならない。。
しょうがないか。
そしてそのまま足湯をしてくれて
しばらく分娩室で一人に。
そこでまた
友人とLINEの途中だったことを思い出す。
さっきのLINEから1時間後。
午前2時。
『まさかのもう産まれたー』
夫よりも早く報告笑
『おめでとー!!』
と
夜中にも関わらず
すぐに返してくれる友人。
後々
「なんか立ち会ったような気分だったよ」
と言ってくれたけれど
ほんと
不安の中のひとりでの出産で
私も立ち会ってもらったかのような気持ちだった。
ありがとう。
赤ちゃんは2,214g。
息子も2,342gで小さかったので
大きさ的にはそんなに違いを感じなかった。
けれど重要なのは大きさではなく
やっぱり週数。
最後に出来上がるのが肺機能で
34週6日は
ぎりぎり出来上がったくらい。
だから産まれた時
泣けなかったのかな。。
とにかく
とりあえずは大きな問題なく
産まれてきてくれた娘。
本当に
本当に良かった。
そしてNICUでの日々が始まる。。
わーーー長かった!
一気に書いた!
2人目の出産②に続く。。。
たぶん。。。
あ、夫は
友人とのLINEの後ようやく電話に出て
「産まれたよ笑」
と報告すると
わけわからない感じで
「え、え!おおおめでと〜〜!」
と
言っておりました笑
ピース


