の続きです。
とりあえずは
大きな問題なく
早産で産まれてきた娘。
NICUでの日々が始まる。
分娩室から4人部屋に移り
NICUにいる娘に会いに行く。
初めてのNICU。
テレビでは見たことがあったけど
現実に来ることになるとは。。
少しドキドキしていた。
髪は結び
まずはアルコールで手を除菌して
マスクをして
部屋に入る。
入ったら石鹸でよく手洗いをして
さらにアルコールで除菌をする。
静かなNICUは
いろんなアラーム音だけが
響いていた。
そして
保育器に入っている娘。
水分?糖分?の点滴と
まだうまくミルクを飲めないため
口から胃に管を入れていた。
小さい。
なんか
不思議。。
ほっとしたのと
不安なのと
いろんな感情で
私はぼんやりしていた。
小さい扉から手を入れて
ただただ
娘の手を握り身体を撫でていた。
朝一番で新生児科の先生から
詳しい話があると言われていた。
どんな話なんだろう。。
部屋に戻っても眠れるわけもなく
不安なまま朝を迎えた。
夫と一緒にNICUに行き
夫は初めて娘と対面。
「わーはじめましてぇ♡」
と
嬉しそうに言っていた。
担当の男の先生から
早産というのは
必ず何らかの原因があって
これ以上赤ちゃんがお腹にいると
赤ちゃんやお母さんに危険がある
と身体が判断して
破水をさせるということ。
けれどその原因を特定するのは難しい
ということ。
だから
危険がある前に産まれることが出来て
良かったんです、
お母さんが悪いんではないんですよ、
と言ってくれた。
そして
早産の中では
赤ちゃんは
とても身体がしっかりしている方。
けれど本来なら
お母さんから10もらえる免疫が
6くらいしかもらえてないということ。
そしてやっぱりまだ
全体的に力が弱いため
様子を見ていく必要があるので
赤ちゃんは
2、3週間の入院になるということ。
などなどの説明を受けた。
とにかく
先生が優しい。
すごく言葉を選んで話してくれているのが
わかった。
看護師さんや助産師さんも
本当にみんな優しくて
娘はもちろん
私も
とても支えられていた。
5年前
息子も同じ病院(日赤)で出産したけれど
実は
次の子は別のところにしよう。。
と思っていた。
日赤はとにかく母乳推しがすごくて
いい助産師さんもいたけれど
すごくスパルタな助産師さんもいて
息子の時は2回
つらくて夜中にひとりで泣いた。。
そして2人目を妊娠。
39歳での出産。。
家から歩いて行ける。。
上の子がいる。。
迷ったけれど結局また
同じ病院を選んだ。
結果
まさかの早産だったので
本当に日赤を選んで良かったと思う。
しかも
本当にみなさん優しい。
子どもがNICUにいるから
気遣ってくれていたのだろうけれど
息子の時との違いに驚いていた。
私もこれが1人目だったら
きっともっとつらかったかもしれない。
自分を責めていたかもしれない。
けれど2人目なせいか
産んだ時こそ自分を責めたが
その後は
もう今私が出来ることをやるしかない!
と
すごくシンプルな思考になっていた。
に続く。。。
