病と「思考」の関係について、
こんな話を聞いたことはありませんか?
近視は「未来を見たくない」表れ
遠視は「今を見たくない」表れ
あくまで一つの捉え方ではありますが、
心と体のつながりを考えるきっかけになる言葉です。
そんな考えを知っている人が、
ある時、失明しかけるほど
急激な視力低下を経験しました。
その人は人と関わることが苦手なので、
それを避けるように
数字を扱う仕事を選びました。
けれど、
数字ばかりを追い続ける自分に
どこか違和感を抱えていたそうです。

ちょうどその頃から、
視力の低下が一気に進み始めました。
「これは、数字を見たくないからなのではないか」
「本来やるべき仕事は、別にあると
天から伝えられているのではないか」
そんなふうに感じたと言います。
「見たくないものがあるから、見えなくなる」
確かに、視力低下は
「見たくないものを見ようとしていない」
とも言えます。
でも、
こう言い換えることもできるのではないでしょうか。
「見たいものを、見ようとしていないから」
からだはとても正直です。
使わない機能は、必要ないものと判断して
少しずつ、手放そうとします。
見ないのであれば、見えなくてもいい。
そう判断されてしまう。
では、どうしたらいいのか。
それは、
数字を見ないようにするのではなく
数字の“見方”を変えること。
たとえば、
工場で作られる電球の先に
誰かの暮らしの明かりや安心があるように
税金や会計の数字も、冷たい記号ではなく、
依頼者の生活や幸せを守るために存在しているもの。
数字の先には、必ず「人」がいて、
その人の人生があります。
数字の先にある誰かの幸せを見る。
「数字の先」を見ていくのです。
この方の場合、クライアントの幸せのために
という思いが強いので、そこを見ていく。
そんなふうに
物事の捉え方を少し変えてみると、
病の見え方も、今までとは違ってきます。
病は敵ではなく、いつも大切なことを
教えようとしてくれています。
「見たくない」から見えないのか
それとも、「見たいもの」を見ていないからか、
というお話でした。
ということで、今日はからだの声に
耳を傾ける一日にしてみてくださいね~![]()
※今日は旧暦のお正月、旧正(きゅうしょう)
そして新月。神社参拝すると良いですよ~![]()
私たちの心と体と魂が
いつも幸せで満たされますように![]()
愛を込めて![]()
優しい真理の翻訳者
トランスフォーメショナルコーチ@
むらた・さとみ

