菊の花が満開ですね
日本の国華、美しい
大切にしたいものです




音楽の仕事をしていると、外国へ行ったり、外国の方と接する機会が多いのですが、そうすると、そのたびに日本の良さ、日本の素晴らしさを感じます。
水や電気が間断なく流れていること、すぐに使えること。
すぐにお湯が出ること。
安心してタクシーや乗り物に乗れること。
安心して食べ物を食べれること、水を飲めること。
まだまだいくらでも出てくる。
枚挙に暇がありません。
日本人にとっては当たり前の事かもしれませんが、帰国すると、これらのことが本当に本当にありがたくてありがたくて、涙が出るくらい感動するのです。
日本人で良かったと10回くらい言いたくなるのです。感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、日本の伝統工芸や工業製品、交通網、情報関係、等々等々、全てにおいて素晴らしい品質で、言葉では言い尽くせぬほど感動しています。
ただ、おもてなしや思いやりの心、これだけは、ここ数年で急速に劣化しているように思えてなりません。
このままいくと、2020年の東京オリンピックの頃には、滝川クリステルが"お・も・て・な・し"と言っていたあの頃の"おもてなし"はもう跡形もなくなってしまうのでは?!と思ってしまいます。
それでも、そんな抜け殻のような"おもてなし"でも外国人の人にはすごいと思われるかもしれません。
でも、まだスマホが蔓延していなかった時代の日本人の温かい心や気遣い、お互いを気遣うこと、心、おもてなしの心、思いやりの心、温かさ、それらを知っている自分としては、この惨状が悲しくてなりません。
どう思われますか?
今、観光地には外国人がたくさん来ています。日本人と同じように写真をいっぱい撮っていますが、私がカメラを構えると、すぐに気づいてOh,Sorry!!!と言って、サッとどいてくれます。
そんなに気にしなくてもいいのにと思うくらい、ものすごく悪かったと言う雰囲気を醸し出して、ササーッとどいてくれます。
ありがたいお気遣いです。
ところが日本人の人は、カメラを構えても全くどいてくれないし、それどころか私がカメラを構えていることに気づいていないようなのです。
車を運転していても感じます。
もうちょっとでぶつかってしまいそうなのに、全く避けない人がいるのです。
車が来ているのが分かっていてどかないのではなく、車の存在に全く気づいていないかのようなのです。
これは、ドライバーのほうは当然こわいと感じますが、何より"生物"として失格というか、危ないレベルだと思います。
錐体外路系が鈍っているのかなと思います。
感受性の低下、それは生き物にとっては致命的です。
地球上に生きている限り、生物としての責任感を持って生きていかなければならないと思っています。
一体何が起こっているんでしょうね?
みんなで気をつけましょうよ 
その歩き方だと命が危ないよと、みんなで言ってやりましょうよ。
気づいてないんだったら言ってあげましょうよ
外国人の友達に何かあったときに、「どうしたの?」と言われて事情を話すと、「おーかわいそうに!」と言って、一緒になって悲しんでくれます。
これが大変嬉しいのです。
とってもほっとして癒されて、元気が出て、まいっか!と思えてきます。
しかしこういう時、最近の日本人の人は、「きっと〇〇だったからだよ」とか「〇〇と言うふうに考えればいいんじゃない?」
と言ってくる場合が多いように感じます。
これは共感ではなくアドバイスですね。
こんな会話ばっかりだったら辛くなっちゃいますよね。
私が言いたいのは、一般的な大人がよく言う「昔は良かった」とか「最近の若者は、、」と言うようなこととは全く違います。
最近の日本人のコミニケーションについて、心から、「大丈夫なの?」と心配しているのです。
もちろん全ての人がそうではありません。すばらしい日本人もたくさんいますし、やだなあと思う外国人もたくさんいます。
いろいろな方を観察していて思ったことを書きました。
紙面の都合上、だいぶ大まかに書きました。
外国人といっても、外国は地球上に数十カ国あるわけですから、本当はこの書き方ではいけないのですが、紙面の都合上お許しください。
一律外国人という表現の問題、これについては、また別の機会に書こうと思っています。







