きのう、ちょっと楽しいことがありました。
前にも書いたように、うちの娘は昨年AO受験をして合格したのですが、
その前年に、二人で「AO受験をしてみよう」と話し合って、
そちらに力を入れているらしいW塾を選んだのです。
入塾してみると、そのAOのためのカリキュラムがやたら演劇っぽくて、
たとえば、ラップのリズムに合わせて自己紹介をするとか、
ロールプレイングゲームをするとか、
それは私たちが演劇のワークショップでやることと同じじゃないと、
聞いて驚いていたものでした。
娘は幼い頃からそんなことに親しんでいたので、
すっかり嬉しくなり、一時は高校よりも楽しんで通っていたくらいです。
考えてみれば、AO受験というのは自己推薦ですから、
特に面接では、自分の長所をアピールし、こちらの大学でこういうことを学ばせてほしい、
ややもすれば「あなたの大学に私はぴったり」というようなことを、
正々堂々と根拠を持ってPRできる態度が要求されるわけです。
それは確かに、舞台で観客の目に晒されてもおののかない精神力と相通じるものがあって、
だから訓練の内容が似てくるのかしらん、と思っていたのでした。
それが判明したのは、きのうです。
高校の先生には挨拶できなくても、塾の先生にはもう感謝しかなくて会いに行く、
この親の態度が褒められたものかどうかはわかりませんが、
遅くなったけれども、とにかく電話や手紙ではなく、
先生方にお会いして一言お礼を述べようとW塾に出かけました。
ちょうどお世話になったお三人の先生方がいらっしゃって、
「ありがとうございました」「おめでとうございます」の応酬だったのですが、
その中でも、内弁慶だと思っていた我が子が、外でいつも積極的に振舞っていたことや、
グループ勉強ではリーダーシップを取っていたり、
納得いくまで根気よく質問したり、発想も面白いなどと褒められて、
こちらは全く意外で目が丸くなりましたが、
それもこれも、AOの勉強でいいところを引き出してもらったんだなと納得していたのです。
そして、その内のお一人の40がらみの男性の先生に玄関まで送ってもらいながら、
「本当はワセダに行ってもらいたかった、母校だから…」みたいなことを話していたら、
「存じ上げています」と妙に胸を張っておっしゃるんです。
そして、なんと「私は第三舞台のファンで、慶応大学在学中、早稲田に通って、
演劇サークルにも入り、劇研の芝居もよく見ていました。
始まりは『トランス』だったんです。ビデオで何十回も観ました」
と、そこから演劇談議が始まってしまいました
そもそも彼がこのW塾の講師になる選択をしたのも、
演劇を教育に生かせないかと考えたからなのだそうで、
W塾の創設者も当時の演劇サークルの先輩なのだとか。
「演劇と教育はもっと寄り添わなければいけない」の持論のもとに、
AOに向けての訓練も、彼が中心となって考案したらしく、
カリキュラムを作るにあたって、鴻上さんの本も随分読み直したし、
『トランス』や第三舞台の公演を見て学んだことは自分のもとを作っているんです、とおっしゃるんです。
なんだか嬉しく、こそばゆく、それ以上に不思議な気持ちがしました。
あの頃、私たちが必死に取り組んで発信していたものが、
こうして一人の教育者の中に根付き、熟成され、
新たにこれからの時代を担っていく若者の中に芽を養っている…。
先を見て不安になったり、横を見て自分を責めたりけなしたりすることはあっても、
こんなふうに後ろを振り返って、清々しい思いをしたのは初めてかもしれません。
天から「よかったね」と言われたような気さえしました。
話が少し逸れますが、
イチロー選手の引退インタビューで言っていた、
「後退している時もあると思うんです。
それでも自分の決めたことを信じて地道にやっていく。
それでしか自分を越えられない」という発言を聞いて、
むか~し昔に流行った「三百六十五歩のマーチ」という歌を思い出しました。
「一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる♪」という歌詞が、
幼い頃から私の頭の中にこびりついて離れないのですが、
ずっと「それじゃ、なかなか進めないじゃん」と思っていました
でも今になって分かるんです。人生って、進むだけじゃないんですよね。
何が言いたかったかと言うと、その「三百六十五歩のマーチ」の歌詞の中に、
「あなたのつけた足跡にゃ、きれいな花が咲くでしょう」っていう箇所があって、
それも長い間、額面通りにしか受け取れなかったのですが、
もしかして、あれってこういうことなのかな~、
なんてふいにこの歌を思い出したってことなんです。
岩に爪を立てて登っているような気がしている時もあったし、
泥沼に腰まで漬かりながら這うようにして進んでいた時もあったから、
自分の来た道はさぞ、でこぼこの実り少ない土地だっただろうと思っても、
後ろを振り返ったら、意外にも、小さな可愛い花が咲いていた。
みたいな気になったんです。
それも、誰かにぽんぽんと軽く肩を叩かれて、
「へ」と振り返った瞬間に見えたような…。
ほんとに素敵な一瞬でした。
春ですね。
東京も寒いながらも、桜が満開です。
旅立ちの春、一人暮らしの春、離別の春、
何も始まらない、何も変わらない春。
自分にだけ来ないように見える春…。
いろいろな春があるかと思います。
でも、進んでいないように見えても、
通ってみれば、きっと何かは実っている。
それを信じて地道にやっていきましょう。
「あなたのつけた足跡にゃ、きれいな花が咲く」んですよ、きっと。
だってあの歌は、わたしたち全員に当てはまる歌だから。
諦めさえしなければ。
いつかはきっと。