早朝からの停電。
まだ復旧の目処がたたないようです。
電気が使えないだけで
色々不便ではありますが、
水、ガスは使えるし、
朝から圧力鍋でご飯を
炊いたり、数日保存出来る
ように調理したり。
当たり前の日常がどれだけ
有り難いか、電気が使えないだけでも
痛感した一日でした。
午後から、ガソリンを満タンにして、
町内の避難所で携帯が充電できると
聞いて向かいました。
当たり前だけど信号も使えないから
お互い譲り合って走行。
避難所になっていた
定住支援センターの出入り口に
杖をついて立ちつくしている
(ように見えた)ご高齢の方が
いたので、「大丈夫ですか?
何か困っていないですか?」と
声をかけると、実は東京からの
旅の途中の足止めで、朝から何も
口にしていないので、何か買いたい
けれど、コンビニはありますか?と。
すでに16時くらい。
コンビニまで送っても
いいけれど、何も残って
いない気もして、
「飲み物、食べ物持ってきますから
中で座って待っていてください(^人^)」
とお話しすると、いま、宿泊できる
ところがないか聞いてもらっている
けれど、そこまでどうやって行こうか
とも。宿泊先が決まれば送れるし
大丈夫ですから、まずは、何か
持って来ます!と、話していたら
役場の方が、これから炊き出しで
おにぎりが配られます!と。
結局、宿も停電で泊まれる所は
無く、今夜は避難所で泊まって
もらうことに。
なので、ゆったり座れるソファー
に移動して、ペットボトルのお茶を
買って、出来たておにぎりを待って。
避難所の寝る場所は床にマットに毛布で
身体が痛そうだったので、
このソファーの方が良いなーって
事で、場所確保。
梅おにぎり二個とお茶。
座布団二枚、毛布二枚で、
大丈夫!良い塩梅だ!と。ホッ。
亡くなった父と同じくらいの
お歳かなーと思っていたら、
話を聞くと、ナント97歳!
しかも、東京から一人旅で
道内旅行の途中で、今日は
本当なら留萌に移動して、
函館や青森も旅する予定で、
今日までは順調だったのになぁ、と。
お洒落なハットがお似合いの
江戸っ子なお父さん。
これも御縁だねーと、記念撮影する事に。
名刺を渡され、写真を送って欲しいと^ ^
それにしても、旅の途中で大変でしたね。
また良かったら、いつか豊富町へ旅行に
来てくださいね。と、お話しすると、
「朝から何も食べてなかったけれど、
こうやって良くしてもらって、戦争を
経験している私からしたら、もう、
天国みたいなものですよ」と。
私の父も、戦争体験者でした。
祖父は、ラバウル沖で戦死しました。
今日出会えたお父さんの言葉は
本当に、とても優しくて強かったです。
たまたま気になって、お節介で
お声がけしたのだけれど、
父もそうだったように、あの年代の
方は我慢強いから、勝手に色々
用意して、とにかく少しでも
不安無く休んでもらえますように。
と、私が力をいただいた気がします。
湯治も行けないし、肌の滲出液も
痛みもあるけれど、お父さんに
元気パワーもらいました!
今日お世話になった
ガソリンスタンドの方も、
スーパーの方も、定住支援センター、
役場職員の方々も、
本当にありがとうございました。
ロウソクを届けてくださったり、
心配して連絡をくれた方と
偶然スーパーで会えて!
足りてなかった懐中電灯を
必要数借りる事も出来て。
助けられて生きている事も
再認識した一日でした。
ソファーで休まれている
お父さんを思ったら、
こんな時でも、自宅の
布団で眠れて、
申し訳ないくらい有難いです。
明日は、少しでも復旧しますように。
お父さんの旅が、ちゃんと再開
出来ますように。
それにしても。
夜に電気、明かりが無いという事は
こんなにも、朝の光を楽しみに
眠りにつけるものなのですね。

