ごはん。 ながーい追記あり。 | 豊富温泉移住日記

豊富温泉移住日記

2009年、豊富温泉でのアトピー湯治治療の為に親子で移住し、2011年11月11日に餅cafeわが家をオープン。どんな時でも、ありがとうあふれる毎日の記録!

今朝、隣で寝ていた息子が
目を覚ましてすぐに、寝ぼけながら
「かぁちゃん、かぁちゃんがおばぁちゃんに
なったら、オレが ごはん つくるわ。
おかゆとかうどんとかでいい?」と。

「ありがとう、嬉しいなぁ。そしたら、
かぁちゃん、おばぁちゃんになるのも
たのしみだなー。おかゆとうどん、
おいしそうだなー」って答えると、

「うん。おかゆとうどんはお腹に優しいから
おばぁちゃんになったら、そーゆーの、
食べたほうが元気でいられると思うよ」って。

ただ、嬉しかったから、ブログに残しておこう。

この間は、寝る前に
「かぁちゃんって、何歳まで生きられるの?」って
聞くから
「何歳まで生きていて欲しい?」って聞いたら
「100歳!」って言うので、
「わかった。100歳ね、それまで元気でいるには、
大和がかぁちゃんに優しくしてね」と言ってみた。

そうしたら、
「オレが100歳までだから、かぁちゃんは、140歳
までだわ、やっぱり。」って(笑)

「さすがに、それは無理だわ(笑)」と言って二人で笑った。

でも、もし、お空にいっても、ずっと大和を見ているから
大丈夫だよー。

「おれ、ごはんも自分で作れるしね!」って得意気な息子。

息子は料理が得意。
創作料理。
子供の作る料理は面白い。
ご飯が作れるから生きていけるって
思っている所が何だかホッとする。

最近、こんな会話が出てきたのは、
私がどんどん年をとっていくのを
感じさせちゃっているのかなー(笑)

ほんと、横になっている率高いから!

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追記。

1歳半で豊富町へ移り住み、4歳で保育園に
入るまで、24時間ずっと一緒。赤ちゃんの頃は抱っこ
していないと泣く子で、家事する時も常に
抱っこかおんぶ。
寝ていても、私がそーっと離れると、何故だか
すぐに起きてしまう。

 

口癖は、「ママ、来て。ママ、見て。ママ、抱っこ」
周りの人に、「絶対にマザコンになる!」って
言われたりもしたけれど。

 

私は、息子が求める事には出来るだけ
答えようって決めていた。そう出来る状況にある
って事だけでもとても幸せな事だと思っていたから。

私の母は、私が生後6カ月から夜も働いていて、
答えたくても答えられない状況だったのだろうなぁって
自分が母親になって理解できた。
小さい頃の私はきっと寂しかっただろうし、母も
辛かっただろうなって。

 
 
息子が生後4カ月、アトピー性皮膚炎の合併症で
私が緊急入院した時には、その日から実家に
預かってもらい、突然、母乳から粉ミルクに
変えなくちゃいけなくて、母親の私は毎晩
お乳を搾って捨てては病室で泣いていたのに、
息子は初めての哺乳瓶でも上手にゴクゴク
飲んでくれ、実家の家族みんなで、その
臨機応変さに感心していた。

 
 男の子だから、必要な時がきたら、パッて、
離れていくんだろうなって思ってきた。

家族の支えがあって、私は常に息子の側に
いられたし、今も自宅でお仕事させてもらえて
いるから、いつでも手の届く所にいられる。

あんなに、周りから心配されたマザコン説も、
今では心配なくなり、ちゃんと息子のペースで
私から離れ、自分の世界を作ってきている事が
また、嬉しい。

ママが、かぁちゃんになり。
ママが世界で一番可愛い!が、オバサンだの白髪ゴリラだのになり(涙)
ママが世界で一番好き!が、今では汚い!と、ほっぺにチューもしてくれないし。
ちゃんと、好きな子がいたりして、それがまた嬉しい。

 
 誰かを好きって思えるって、自分の事をちゃんと
好きでいられている証拠の様な気がするから。

私はずっと自分が好きじゃなかった。
人を好きって感じる事に違和感があった。

今、自分で自分の事を認められる様になって、
すごく、ラクに生きられるようになってきた。

 
 しっかり、しっかり、手を離さずにいられたから、
必要な時が来たら、安心してパッと手を離せる
気がする。

家族の支えがあって、ずっと息子の側にいられる
今がある。ありがたいなぁって、いつも思う。

息子がいつか、自分だけの世界に
踏み出す時に、安心して、手をふり合える
親子でいたいな。