Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜 -8ページ目

Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜

多次元キネシオロジストで産業カウンセラーのSatokoのブログ。
日々のあれこれや、自己ヒーリングの記録、趣味のタロットについて、マイペースに綴っています。
オンラインセッションもやっています。

多次元キネシオロジーのセッションで、次に出てきたのが父との関係性。

セラピスト(師匠)に「これ、怒りが凄いねー」と言われてしまいました(笑)
まあ父に対しての怒りは、たくさん自覚があります!
あれもこれもそれも・・・。私や母への理不尽な暴言の数々。思い返すだけで腹立たしいムキー

とはいえ、インナーチャイルドの視点で見ていくと、ちょっと違ったようでした。

私のことを理解してもらえない怒り。
なんでわかってくれないの!?
・・・みたいな。

父と良い関係性を築きたいのに、私の気持ちを全く理解してもらえない。父が私のためを思ってすることは、私の望みとは大きくズレていてる。
でもそれを一生懸命伝えても、分かってもらえない。

それどころか、父の望む反応と違うことを怒られる。(これが父の暴力、暴言になる)
怒られたくないので、父が何かする度に、私は父が望む反応をしないといけなくて、コントロールされている感覚が辛い。
なので、できるだけ父と関わりたくない。

そんなサイクルにハマり、結局、父が苦手という状態が続いていました。


具体的なエピソードを挙げると、例えば子供の頃は、とても一人前とは思えない量の食べ物を、父が無理やり私に食べさせることがありました。

おそらく父は子供時代に、両親や兄弟に遠慮して、お腹いっぱい食べられなかった辛い記憶があるんでしょう。
父は愛情から、娘にたくさん食べさせてあげたかったんだと思います。

でも私は、フードファイターじゃないから!(笑)

「もうお腹いっぱいで、食べられません」と断っても、父は私が遠慮して食べたいのを我慢していると思っているので、なんとかして私に食べさせてあげたいと考える。(たぶん)

「何で食べないんだ!?食べ物を粗末にするな!」
「食べ物を残すなんて、今の子どもは贅沢できて良いな」
「俺が食べろって言ってるんだ!!ムキー

などなど、嫌味と恫喝を繰り返し、それでも私が食べられないと、今度は自分の親切を蔑ろにされたと感じるのかキレます(笑)

それが怖くて、頑張って食べると、父は嬉しそうに「よく食うな〜。明日は体重100kgになってるぞ。やーい、デブ〜、ブタ〜〜爆笑」とか、無邪気に小学生男子のような暴言を吐いてました。

いやー、自分で書いてても、ツッコミどころが多すぎて辛い・・・(笑)

父が夕食の時間に帰って来ることはあまりなかったので、無理矢理食べさせられたことは、それほど頻繁ではなかったはずなんですが・・・。
でも私の記憶には強く残ってしまっているんですよね。

ちなみに私は食後にこっそりトイレで嘔吐することもあり、大人になっても吐きグセが治らず、これは結構、苦労しましたガーン

まあ、このことに限らず、私は父とのコミュニケーションにおいて、八方塞がりの状態でした。
何をどう伝えても、分かってもらえない。
結局、父の望むように行動するしかない。

それを私の伝え方が悪いから、私の頭が悪いからだと思っていましたが、セッションで指摘されたのは、父自身の理解力の欠如でした。

父は人の気持ちを想像したり、理解する力が圧倒的に不足していて、それを自覚すらしていない。
それは父の性質であり、どうしようもない。

インナーチャイルドワークで出てきた、父への怒りについて、父の暴力や暴言で傷ついたのは確かだし、それを許す必要はない。
でも父に理解力がないことは、許す・・・というか受け入れよう。というワークでした。

そういえば以前、父との関係に悩みすぎてリーディングの師匠のセッションを受けた時にも、
「お父さんは他者への接し方が間違ってるから、DVやモラハラになるけど、家族を愛してるのは確かだよ」と言われたことがあります。

その時は、迷惑な話だなーと思ってましたてへぺろ
悪気のない、愛情からの言動だからって、私が傷ついたのは確かなんだから、安易に許そうなんて言わないでよ!!

とは言え、父が変化する可能性もほぼないです。
私も子供時代は父の機嫌一つで、自分や母の安全が脅かされると思っていましたが、今は違う。

父が私を理解できないのは仕方なくても、私は自分の気持ちを伝え続ける。
そして気を遣って父の望む反応を返すのではなく、自分の感じたままの反応をする。
それで父がキレるのなら、それで良いし、辛かったら父との距離を取る。
それには、恐怖心も罪悪感も必要なくて、シンプルに行動すれば良いんだなーと気付くことのできたセッションでした。


それにしても、父の理解力のなさを実感する度に、そりゃあ私に理解力はないよな、と絶望的な気分になりますが・・・。
それは努力で何とかしますてへぺろ


多次元キネシオロジーのセッションを受けましたが、私はまだまだインナーチャイルドワークが必要だと痛感しました。
だいぶやったと思ってたんだけどなー笑い泣き

暴力、暴言が酷かった父は、私にとってはスケープゴートで、本当の敵(?)は母だと気付いたのは10年くらい前のこと。
それまでずっと、ヒドイ父親と可哀想な母親という構図で両親を理解していたんですが、実は毎日のように母から父の悪口を聞かされてきたことの方が、私が幸せになることへの大きなブロックになっていたのでした。

小さい頃から、父から母を守らなくちゃ、母を幸せにしなくちゃ、という思いが強すぎて、自分が何をしたいかなんて考えたこともなかったのですが、それが普通だったので違和感を感じていなかったんですよね(笑)

ちなみに母が父に罵倒されている時に、母を庇うようなことを言うと、父が「子供を味方につけやがって」と余計にキレるので、言わないようにと、母から強く言われていました。

助けて欲しいと思って、私に父の悪口を言ってる訳じゃないって、どういうこと!?と、子供の私は混乱してました。

毎日のように、母が父や祖父母に言われて傷ついたことを私に話してくるのが辛くなって、高校生の時に
「助けて欲しいんじゃないなら、父の悪口を聞かせないで!
解決する気がないなら、私を巻き込まないで!」
と言い返したことがあります。

でも結局、
「聞いてくれるだけで良いのに、どうして怒るの?何もしてくれなくて良い。ただ聞いて欲しいだけなのに」
と悲しそうに言われ、私はかえって罪悪感を感じて何も言い返せなくなったのでした。

いやー、もし今の私が第三者としてその場にいたら、母に小一時間説教してるわ(笑)
でも当時は、そんな人はいなかったので、私は自分が冷たい人間なんだと落ち込んでました。

そんな中で、今回のセッションで出てきたのは、子供の頃の私の孤独感でした。
母の理解者でいることが、自分が認められる手段だったので、そこに違和感すら感じていなかったですが、自由な自分を誰からも認められていない、圧倒的な孤独感。
私に自分の考えがあることを、両親も自分すら気付いていないので、孤独だったことにも気付いていませんでした。

でもそう考えてみると、人との繋がり感や安心感の欠如は、ここから来てるのかーと、改めて納得でした。
母からは無条件の愛情を受けていたと思っていましたが、根本的なところで「私が母の味方であれば」という、かなり強い条件が付いていた。

今まで、母との関係のワークは何度もやっていて、母を幸せにできなかった罪悪感などは、よく出てきていたんですが、この深い孤独感に気付いたのは初めてでした。

セッションでは、母の家来だった過去世のエネルギーを指摘されたり(笑)
過去世というと、生まれ変わりとかを想像しますが、そういうものが本当にあるかは置いておいて。
私が「自分の人生」として認識している範囲外にある、母との関係性に強い影響を与える何か、と捉えています。

母はとっくに亡くなっていますが、私が生きている限り、私にとっての母との関係性は変化させることができるので、今回のセッションでは、母との関係に一つ区切りがついたように思いました。

・・・しかしインナーチャイルド、自分で思ってたより圧倒的に孤独だわー(苦笑)
今の自分が、インナーチャイルドの親になって仲良くするところから始めますニヤリ


昨日、オンラインの多次元キネシオロジーのワークショップがあり、終わってからしばらくは放心状態でした。
インナーチャイルドのワークがあったんですが、本当に濃い時間だったわー。

内容はもちろん素晴らしかったですが、自分としてはワークショップを満喫できる自分になったことが一番の驚きでした。

こういったセラピーは、どんなものでも合う、合わないがあるし、同時に自分が準備ができているか、も大きく関係します。

私が以前、ヒプノセラピーの勉強をしていた頃は、全然準備ができていなかったので、そこまで大きな変化は起きませんでした。
(もちろんヒプノセラピー自体は、とても有効なセラピーです)
クラスで生徒同士でセッションをしても、私はやる方はできるのに、受けるのが下手で相手を困らせてばかりいました。
途中で先生が代わってくれたこともあったり(笑)

先生はさすがで、その時の私ができる精一杯のところまでインナーチャイルドにアクセスしたセラピーをしてくれました。

とはいえ、自分でやったり生徒同士の練習では、全然できませんでした。

「インナーチャイルドをイメージの中で抱きしめましょう」と言われても、全然抱きしめたくない(笑)

「どんな気持ちでしたか?」と言われても何も感じないので「別に」としか答えようがない。

「本当はどうしたかったですか?」と言われても、その時の状況は他に選択肢がなくて仕方なかったと思っているので、これも「いや、別に何も(笑)」としか答えられない。

「その辛いできごとは、もう終わったんですよ」なんて言われても「いや、終わってないよ!!ムキー」状態。

いやー、面倒くさいヤツだわ笑い泣き
でもこれ、別に相手を困らせてやろうとか、試していた訳じゃなくて、本心だったんですよ。

インナーチャイルドを癒さないと、今の自分が癒されないですが、今の状態が辛すぎるとインナーチャイルドどころじゃないです。

ヒプノセラピーのクラスでは「自分と向き合うことから逃げてる」とか「変化する覚悟がないからだ」とか言われて落ち込みましたが、キネシオロジーを勉強して、自分のインナーチャイルドにアクセスする許可を取るという概念を知りました。

と言うわけで、とりとめもなくなってしまいましたが、何が言いたいかというと。
ヒプノを勉強していた時の私みたいに、自分を癒そうとお金と時間をかけて頑張ってるのに、他の人と比べて効果が出ないこと、自分のせいだと思って落ち込んでいる人がいたら、それは違います。
他の効果的なアプローチが、きっとあります。

とはいえどんなセラピーが自分に合うのか分からない、ということもあるかもしれませんが。
僭越ながら私が思うのは、「セラピーを受ける」ことと「セラピーの勉強をする」ことを使い分けてみると良いかもです。

私はずっと勉強する派で、セラピーを受けることをあまり重視していなかったのですが、(自分の問題を人に頼って解決するなんて、無理に決まってると思い込んでいましたてへぺろ)セラピーを受けることで大きな変化がありました。

それにしても、どれを選ぶか迷うほど、色んな種類のセラピーが溢れているというのも、とても楽しいことですね爆笑

(しつこくてすみませんが、ヒプノセラピーは有効なセラピー手法です。たまたま私が準備ができていなかったので効果が薄かっただけです。
ヒプノがダメで、キネシが良いとか、そういう話ではないですよー)