Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜 -7ページ目

Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜

多次元キネシオロジストで産業カウンセラーのSatokoのブログ。
日々のあれこれや、自己ヒーリングの記録、趣味のタロットについて、マイペースに綴っています。
オンラインセッションもやっています。

何だか意味不明なタイトルになってしまいましたが

ネガティブな感情と向き合って、原因を探り、解放することで、生きやすくなる。
そういう話をよく聞くし、実際に自分でも生きやすくなった経験があります。

なのでネガティブな感情(例えば不安とか焦りとか)が湧いてきたら、それを克服するために、自分のネガティブな感情を否定せずに認めようとしていました。

でも、それってネガティブな感情を持ちたくない!という前提であり、本当の意味でネガティブな感情を受け入れている訳ではないんですよね。


何年か前には、むしろ「ネガティブな感情を持っていて、何が悪いの!?」という考えでいました。
なのでヒーリングの勉強をしていて、先生に「自分が考え方を変えれば、楽になるのに」とか言われても、心から変わりたいと思えない。
それでいて、癒されて生きやすそうな人に嫉妬してネガティブの上乗せえーん

ネガティブな思いを持って生きてきた時間が、あまりにも長かったので、「ネガティブを手放して楽になりましょう」なんて言われると、自分の生きてきた歴史を全否定されたように感じて、抵抗していました。

それから多次元キネシオロジーに出会ったり、色んなセラピーを受けて、固執していた自分の考え方って、その時の自分にとって不要だったと気付くことができました。

でもその成功体験から、今度は「ネガティブな感情を持ち続けていると生きづらい。手放して楽になりたい」という思考も生まれてきました。

でも結局、「ネガティブな感情を手放す」って手段でも目的でもなく、ただの結果なのかな。

そして湧き上がってくる感情には、実はネガティブもポジティブもない。
・・・とはいえ、そこまで達観できていない私ですがガーン

ただ、しばらくは自分の感情を、ネガティブもポジティブも、ゆっくり味わってみようかなーと思います。


今日は夜の公園を少しジョギングして来たんですが、ふと高校生の頃の、母との他愛もない会話を思い出しました。

夏の夜に母と一緒に、犬の散歩をしていた時のこと。
ローカル線の駅の脇の道を歩きながら、「どんな大人になりたいか、将来どうしたいか」といった話になったと思います。

で、私はその時感じているままのことを言いました。
「私のお葬式に参列した人に『あの人はよくやっていた、偉かった』と言われたい」

その時の母の「何言ってるの?びっくり」というリアクションと、私の「あれ?誰だってそうだよね??」みたいな戸惑いの、何とも噛み合わない雰囲気をよく覚えています。


大人になってヒーリングの勉強をして、自分が他者からの評価を気にし過ぎだと気付きましたが、周りにも同じような人がたくさんいたので、
「皆、そんなものだよねー」
くらいの感覚でいました。

しかし振り返ってみると、筋金入りだな・・・てへぺろ

他者からの評価を気にしていると、理想の自分ではないことの言い訳をしないといけなくなりますが、長年やってました・・・・。

周囲の人から、「かわいそうな人。劣った人」と思われることが辛くて、
「いやいや、私はあなたと違う価値観で幸せに生きてるんだから、勝手にジャッジしないでよね!」と、反発してしまったり。

激務なのに給料が少ないことに対して、同情された時に

「仕事を好きでやってる」とか
「お金儲けなんて下世話なこと興味ないし」みたいな言い訳をしていました。

相手だけでなく、自分に対しても言い訳が必要なので、自分は本気でそう思っていると思い込ませないといけない。
ただでさえ、他者の評価を気にして、自分が本当は何を望んでいるか分からなくなってるのに、自分がどう感じているかまで、思考で決めつけているんだから大混乱です笑い泣き

・・・っていうか、適切な労働時間で、たくさん給料を貰えるなら、それに越したことないじゃん(笑)
むしろ、そんな人が羨ましいてへぺろ

でも「羨ましい」という感情は、自分が劣っていることを認めることになるので、すごく自分を傷付ける。
だからそんなことを感じていないように、また言い訳をする。

「自分の気持ち」が、本当は自分で作った言い訳だったと気付いた時に、私はどれだけの言い訳を重ねてきたんだろうと途方もない気持ちになりました。

「他者からの評価を気にする自分」は、まだ完全に手放せた訳ではないですが、自分の気持ちと言い訳を少しずつ区別できるようになったと思います。(ヒーリングの効果!?)

・・・ところで最近、ブログが長いので、読みやすく簡潔に書こうと思っているんですが、また長くなってしまいましたてへぺろ


今日は呼吸法のオンラインクラスでした。
楽しかったー。

呼吸に関する理論は、本当に諸説、山ほどあるので置いておきますが。
意識しなくても体が行なっている生命維持活動(心臓を動かすとか、食べたものを消化するとか)の中で、唯一、意識的にコントロールすることも可能なもの。そう考えると、毎日やってることなのに何だか不思議です。

呼吸にフォーカスすることで私が感じたのは、今現在の自分の体、心の状態に目を向ける、ということでした。

多次元キネシオロジーもヒプノセラピーも、今現在の問題のきっかけとなったインナーチャイルドや過去世のセラピーをするという、原因があるから結果があるという前提のアプローチになることが多いです。
(もちろん他もありますが)

でも今の自分が前向きで、今ここの意識でいられるのであれば、わざわざ過去の問題を引っ張りださなくても良いのかもしれません。

セラピーの悪循環に陥った時に、よくあるんですが、自分の過去のトラウマを全て解消しないと、現在、未来の自分は幸せになれない、というもの。
でも、それも一つの思い込みなんですよね。

過去のトラウマを探そうとすれば、いくらでも見つけることが出来る。
フォーカスしたものが、実体化するとも言いますし、トラウマを探すという意識で経験を振り返ることで、トラウマが作られる(その意識で体験を意味付ける)ということもあります。

そういう意味で、時間軸は一方方向ではなく、過去も未来も同時に存在しているのかもしれません。


私の場合、今年はコロナの影響で、仕事や生き方を考え直す時間が与えられました。
でもかえって焦ってしまい、「どうにかして良くなりたい!」と、まるで今の自分が悪いような感覚になることもあります。

そんな時に、呼吸を使うことで、今の自分に目を向けて肯定する、焦っている自分を受容する感覚を体験することができたように思います。

まあ、最初は先生の言うように吸ったり吐いたりしなくちゃ!と焦って、頭がクラクラしたり体が痛くなったりしてましたが(笑)

無理に深い呼吸をするよりも、今の自分にとっての自然な呼吸が結構浅いとか、そんなことに気付くことが大事みたいです。


いや、最近は収入が減ったのに税金とかの支払いにアワアワしてたので、それで焦ってる面もあったんですよね(←現実的すぎる・・・笑)

でも逆に言えば自由になる時間も増えたので、宇宙と自分を信頼して、今の自分にとっての心地良さを大切にしようと思ったクラスでした。

この機会に、人へのセラピーも始めたいので大事な準備期間だと思うことにしますニヤリ