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Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜

多次元キネシオロジストで産業カウンセラーのSatokoのブログ。
日々のあれこれや、自己ヒーリングの記録、趣味のタロットについて、マイペースに綴っています。
オンラインセッションもやっています。

今日はクリスマスですね。
ドイツのクリスマスマーケットを巡ったことがありますが、たくさんの人がクリスマスを迎えるために、心を込めて料理や飾りを準備していて、とても素敵だなぁと思いました。

自分にとってのクリスマスは、小学校や子供会でクリスマス会があった、という程度で、中学生になったら、自分が両親や祖父母にプレゼントをあげる側になっていました。

実家では夕食時に簡単なクリスマスパーティーはやっていて、母と一緒にその準備をするのは楽しかったです。
が、実家を出た今は、何にもしていません。
単純に興味がないし面倒、といった分かりやすい理由なんですが・・・。

今日はそんなことを思い出しているうちに、私は本当はクリスマスを自分から楽しめる人間じゃなかったんだ、と気付きました。
じゃあ何で、自分からプレゼントを家族に贈ったり、クリスマスの準備をしていたかというと、全部、母親の影響でした。

母がお店でクリスマスの飾りを見ると「良いわね。素敵ね」というので、自分もクリスマスの飾りが好きなんだと思っていました。

両親や祖父母へのプレゼントも、自分の意志でやり始めたのは確かですが、無意識のうちに「母を喜ばせたい」という気持ちが動機になっていました。
義両親との同居で、肩身の狭い思いをしていた母には、私が祖父母に褒められることが、母自身の肯定に直結していたんだと思います。

私はそんな微妙な家族の力関係を、無意識に察知して、更に無意識のうちに「自分がうまくやらなくちゃ」と変なプレッシャーを背負っていました。

あ、ちなみにこれ、勝手に思い込んで背負ってただけですから(笑)
家族関係を良くするために、役に立っていたのかは謎です。


今まで受けたヒーリングでも、子供の頃の私が「母を幸せにする」という目的で生きてきたために、大人になった今でも、「母を幸せにできなければ、自分は幸せになってはいけない」といった、無意識の制限をかけていることを、何度も指摘されました。

そして母が喜ぶことを、先回りして自分のやりたいこととして伝えているうちに、私がやりたいことなんて、考えたことがないという状態になっていたり・・・。
でも自分では本当に、それを自分の希望と思っているから、もうどうしようもないガーン

結局は、母に肯定してもらわないと、私は存在することも許されないという思い込みが大きくて、そして母も不安定な状態が多くて、その相乗効果で、どんどんどうしようもなくなっていったんだなぁ。

そんなものは、かなり手放したつもりでしたが、まだまだたくさん残っていることに気付かされたクリスマスでした。

という訳で、今年は(も?)誰かを喜ばせようとしないクリスマスを過ごそうと思います。

皆さまもご自分にとっての、素敵なクリスマスをお過ごし下さい!照れ

尊敬する先生のリーディングを受ける機会があり、本当にたくさんの気付きを貰いました。

その中の一つなんですが、先生に「身内の女性の想念が強い影響を与えている」と言われました。

身内の女性って、母かな?伯母?それとも祖母??と思いましたが、特定の誰かではなく、身内の女性の集合無意識のようなもの、とのことでした。

「女性からの嫉妬」と言われて、ますます「???」です。
嫉妬って、美人とかお金持ちがされるもので、私は嫉妬することはあっても(するんかい!?笑)、されるはずがない、と思ってましたえー

でも自分の幼少期を紐解いていくと、色々出てきました・・・。

私の母や伯母たち、そして祖母も、とにかく家庭に尽くす献身的な女性でした。
尽くすことが当然と考えているような感じで、皆、私に優しくしてくれていました。

でも時々、違和感を感じることはありました。

女の子は当然、家庭に尽くすもの、という価値観なので親戚が集まると、男たちは酒を飲んだり、従兄弟の男の子たちはキャッチボールして外で遊んでいるのに、女の子は台所で料理に片付け。
美味しそうな料理を作っても、食べるのはまず男性陣。

ちなみに男性陣は酔っ払っているので、味わいもせず、条件反射のように目の前の食べ物を口に運んでる状態。
料理してくれた人への感謝も何もない(笑)

そして男性陣が出かけたり、休んでしまうと、旦那の悪口大会。
そんなに不満があるなら、直接言えば良いのに、行動では男性を敬い、尊重していました。

まあ、それだけ文句を言いながらも「男は偉いから大事にしなくちゃ」とも言っていて。
私は結構、混乱していましたが、たぶん両方とも伯母さんたちの本心だったんでしょう。

伯母さんたちは子供の頃から、食べ物が足りなければ女が我慢して、男(父親や兄弟)に譲ることが当然の家庭で育ったそうです。
そういう家庭は多かったそうなので、時代の影響もあったんでしょう。

不満を感じていても、とても言えない環境だったために、むしろそれを正しいこと、尊いことと認識していたのかもしれません。

伯母たちはそれぞれ、亭主関白の男と結婚し、モラハラやDVを受けながら、夫と義父母、子供のために、ひたすら尽くす人生を選んでいきました。

ちなみに食べ物をたくさん貰って、尊重されていた男(私の伯父)たちは、意外にも自立した女性と結婚し、尻に敷かれながらも平和な家庭を持っています。

伯母たちは当然、伯父の妻たちが大嫌いでした。
自分や母親が、空腹を我慢してでも大切に大切に育てた弟たちに、家事を分担させるなんて、とんでもないムキー
自分は夫や義父母に嫌味を言われながら耐えているのに、夫と子供を残して、コンサートに行ったり、趣味の習い事をするなんて、あり得ない!となる訳です。

でも私から見ると、伯父たちの家庭の方が、よっぽど幸せそうだったりキョロキョロ
「男は偉い」と言って我慢したところで、結局、誰も幸せになってないんですよね・・・。

なんてことを、私も大人になってから思うようになりましたが、実は高校生くらいまでは、女は家庭に尽くすものだと信じてました(笑)

友達のお母さんが自由に旅行に行ってる話を聞くと、本人の前ではニコニコしていても、後から母が軽蔑したように「あの人は気楽でいいわねー」などと言っていたように思います。

自由に生きている女性への嫉妬なんでしょうが、自分でもその感情が嫉妬だと気付いていないために、「当然やるべき義務を果たさない、無責任な人」という風に位置付けていたのかもしれません。

伯母たちや母が、私に優しかったのはたぶん「家族のために我慢する仲間」だったからなんでしょう。

例えば父が怒って暴れた時に、悪いのは暴れた父のはずなんですが、母には「どうしてお父さんを怒らせるようなことを言ったの!?」と、なぜか私が叱られる、とかガーン

思えば母から無茶苦茶なことを言われていた訳ですが、私もある程度の年齢までは、何もかも全て父親が悪いんだと思っていました(笑)

でもこれって、母も伯母たちも自覚してなかったんだと思います。
そして私も物心ついた頃から「暴力的な父から母を助けなくちゃ」と思っていて、当然のように上の世代の女性観を受け継いでいました。

大人になった私は、その価値観が今の自分に合っていないものだと知っている。
でも潜在意識に組み込まれた、伯母から、母から受け継いだ思いも、確かに持っている。

自由に生きることへの罪悪感であったり、女性なのに好きなことをしている人への嫉妬だったり。
そんな呪いを、無意識に自分で自分にかけている。

リーディングの先生に言われたのは、暴力とか怒鳴られたりしたトラウマは分かりやすいけど、表面的にはとても優しい価値観の押し付けは、自分で気付きにくいということ。
むしろ母や伯母のことが好きだからこそ、自分でそれを引き受けてしまっていること。

そういう意味で、私の潜在意識にある女性観は優しい呪いなんだなぁと思ったのでした。

ちなみに年末年始は世界中の多くの人が「新しい一年」を意識する時なので、自分が変化しようと思ったら、世界中の集合無意識が後押ししてくれるそうです。

私はこの不要な思い込みを、2019年で捨てます!

・・・なんて、宣言してみました爆笑

気付けばもう年末です。

私の周囲では「不要な物からのエネルギー」の話題が出ていて、片付けや掃除の大切さひしひしと感じています。
でも全然片付けられませんが・・・ガーン

いや、不要な物が自分の時間を奪っていることも、わかってるんですよ(笑)
自分のテンションを上げるために、数年前に洋服を整理した話を書きます。

私は結構な数の服を持ってました。(いや、今もまだ多い方かと・・・)
一つ、言い訳をすると私の職場はビジネスカジュアルと決まっていて、週5日はそれっぽい服を着る必要があります。
でも私の好きな服は、インパクトのあるプリントのTシャツにダメージデニムとか、エスニックとか・・・会社には絶対着ていけない笑い泣き

会社用には2、3着のスーツを着回せば良いとも思いますが、なんか着心地が悪いので、一応、シンプルなニットとパンツとかを揃えています。
もっと少なくできるかもしれませんが、ヘタってきたら迷いなく捨てられるので、まあ良いんですよ。

問題は好きな服です。
多くても週に2日しか着られないのに、何着持ってるんだよ!?体が何個あると思ってるの、と自分でツッコミ入れるレベルでした(笑)


ーーーーー
私は小さい頃から親が選んだ服しか着せてもらえなくて、しかも親と服の趣味が全く合わなかった。
下手したら学生になっても、親が服を買ってきて「これを着なさい」と押し付けてくる環境でした。

ちなみに親が選ぶ服は、地味で子供っぽいものばかり。
今だから分かりますが、母親の女性性の抑圧や、両親ともに、子供が自立して大人になることへの抵抗がもの凄かったみたいです。

その辺のスーパーで小学生男子みたいなパーカーと短パンを買ってきて、女子大生に着せるなんて、シュールな光景だわ・・・笑い泣き

でももっと恐ろしいのは、当時の私がそれに疑問を持っていなかったことでしたガーン

友達もあまりいないし、自分で着る服を選んで良いんだと知らなかったんですね・・・。

でも何かしらの抑圧は感じていたのか、大学の夏休みに集中してバイトした時に、手にした20万円でピンクハウス系の服を一気買いしたことがあります。

親に見つかったら嫌味を言われることがわかっていたので、着ることもせず、一生懸命箱に詰め込んで隠しましたよ、あの無駄にかさばる服たちを(笑)

本当は小さい頃からお姫様みたいな服に憧れてました。でも「あなたには似合わない」と言われ続けて、着たいとすら思わなくなっていました。

まあ実際、似合わないんですけどね(笑)

ちなみにフリフリ系とは対極の、ロック、パンクっぽい服も憧れていました。
フリフリ系が女性性や可愛らしさを表しているとしたら、ロックは権威への抵抗や、自由とか。当時の私が抑圧していたものの、分かりやすい象徴だったのかもしれません。

そういう意味で、私にとって服は「なりたい自分になれる可能性」そのものでした。

そりゃぁ、自由になるお金ができたら、買いまくりますよ(笑)
そして着なくても捨てられないですよ・・・。

そんな訳で社会人になり、実家を出て、すごい勢いで服を買ってたと思います。
ネットのフリマもあるし、お店に行かなくても安く服が買えたりして、もう服を選ぶのも買うのも楽しくて仕方なかったです爆笑

でもそれを何年か続けていたある時に、ふと、服を買った時の嬉しさが、以前と比べて半減していることに気付きました。
それどころか、ほとんど嬉しいと思ってないのに、惰性で次に買う服を探しているような。
クローゼットにいっぱいの服を見て、むしろ「ああ、また買っちゃった」とため息をついてしまったり。

何かおかしいと思い、買った服を眺めながら「どうしてそれを買おうと思ったか」を、じっくり向き合ってみた時に、ようやく子供の頃からの服に対する抑圧にやっと気付いたのでした。(遅いよ!てへぺろ

私は今の自分が着る服を買っていたつもりで、本当は自分の中の、欲しい服を欲しいとも言えずに、いじけていた子供に、欲しがる服をどんどん買い与えていたんだなぁと。

で、その子供は欲しい服を買ってもらえて、すごく喜んでいたけど、服に関してはもう充分だよと言っているみたいでした。

結局私は、今着たい服、これから着る服など、現在と未来のために買い物をしているつもりでしたが、本当は過去を満たすことが目的だったみたいです。

それに気付いてから、大量の服を手放しました。でもまだ時々、揺り戻しが来るので、私の服への執着は他にも原因があるのかもしれません。

ヒーリングは自分の中の不要な観念に気付き、手放すことをサポートしてくれますが、目に見えないものなので、分かりにくいこともあります。

でも物理的に不要な物と向き合って、手放すといったアプローチも、きっと同じところを目指しているんだと思います。
「断捨離」とか「ミニマリスト」とか深過ぎてよく分かりませんが、そういうことなのかもしれません。

そんな訳で、片付けも掃除もヒーリングと同じ。
年末に向けて、頑張ります!