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Comet Picnic 〜未知の世界を旅するように〜

多次元キネシオロジストで産業カウンセラーのSatokoのブログ。
日々のあれこれや、自己ヒーリングの記録、趣味のタロットについて、マイペースに綴っています。
オンラインセッションもやっています。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

結局私はこの年末年始に、やろうと思っていたことを何もせず、楽しくダラダラ過ごしました(笑)
会社のパソコンも一度も立ち上げなかったし、セールに行くのも、寒いのでやめました(←ヘタレ・・・)

ちなみに私は子供の頃から、お正月は親戚が家に集まって祖父母や従兄弟たちと過ごすものでした。
正直、あまり楽しかった記憶はないです。
親戚の大人との会話は、何というか、無意識なんですが、相手が求めている答えを返そうと頑張っていました。
無邪気で優しい子供といった、相手が自分に望んでいるイメージ、期待に応えようとしていたのだと思います。

まあ、本当に相手がそれを望んでいたかは、全くの別問題ですが(笑)
子供なりにかなり気を遣っていたことは確かです。

今でも時々、その時のことや学校生活のことを夢に見ます。
人に何か言われた時、困ったことが起きた時、どんな言動が正しいのか一生懸命考えて、対応していました。

「正しい」って何かというと、周囲の人から「それは正しいよ」と言ってもらえること。
それもできれば母や先生など、大人の期待に応えられるような「正しさ」。

自分で考えて行動しているのは確かなんですが、その基準が他人軸過ぎるガーン

社会人になっても、年末年始はできるだけ長く実家に滞在して、家族で過ごすのが当然だと思っていました。

でもある年に、年末に実家に帰った時に、なんだか嫌だと感じたことがありました。
これといって、明確なきっかけはないんですが、例えば父が休みの間ずっと、リビングで酒を飲みながらテレビを見て、「ご飯はまだか、お前らは本当にトロいな」とか「おい、ビール!」とか言ってる姿に、イラッとしたとか。

おせちの準備や大掃除で、いつも以上に忙しい母が、当然のように私に用事を頼んで来ることに、疑問を持ったりとか。

母に私も一緒に家事をするのが当然と思われているのは、まあ良いんですが、父への不満や愚痴をここぞとばかりに聞かされながら家事をするのは、結構、ダメージを受けます・・・。

そんな訳で、別に耐えられないほどの何かがあった訳では全然ないんですが、年末に一度、実家に戻ったものの、「用事ができた」と嘘をついて一人暮らしの自分の家に帰りました。

正月を家族と過ごさないなんて、あり得ないことだと思っていたのに、不思議なくらい静かな気持ちでいたことを覚えています。

その年からずっと、年越しは一人で静かに過ごすようになりました。
実家には顔を出しますが、日帰りです。

親戚一同集まってワイワイ賑やかなお正月、というイメージが当たり前であり、「正しい」と思っていたので、私はそのように過ごすために、多少の無理をしてでも頑張っていました。
だから周囲には、まるで私がそんなお正月を望んでいるように見えていたかもしれません。
・・・が、全然望んでなかったんですよね(笑)
自分の気持ちに気付くのに、何年かかってるんだかガーン

これからますます、何かを選択をしたり、決断を迫られることが増えると思いますが、そんな時に、自分の軸で決められるように。
何が正しいかを考えるのは、自分の感情、感覚をしっかり受け取ってからですねニヤリ
常に自分の軸を意識する、2020年にしたいです。

そんな訳で、今年もよろしくお願いします!


早いもので、2019年も残すところ数時間になりました。
私はこの年末にやろうと思っていたことがたくさんあったんですが、全然進んでいませんガーン

自分を振り返って手放すもの、やりたいことを明確にしたり、部屋の大掃除をしたり、ストレス解消にジムやカラオケに行ったり、年明けからの仕事の準備をしたり・・・と願望だけは持っていたんですが・・・。

ダラダラ過ごして後悔するのは嫌ですが、結局、そうなりそうです・・・。
まあ、どうせ同じ行動をとるのなら、楽しい気持ちでいたいので、いっそ開き直ることにしました爆笑

そもそも私がやろうとしていたことは全て、未来の自分のための準備なんですよね。
「今」を楽しむことが、やっぱりわからなくて迷走しています・・・。

・・・という訳なので、むしろ明日のためとか何も考えず、枝豆をつまみにビールを飲みながら、お笑い番組でも見て、笑いながら年を越すことにします。

2019年は正直、会社員として仕事ばかりしていましたが、2020年は仕事以外の場所でも、もっとたくさんの人に出会ってお話できるような年にしたいです。

ブログもまだまだ練習中で、起承転結も何もあったものじゃないですが、自分の感じたことを言語化する勉強のためにも、たくさん書いていきたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。

皆様も、よいお年を!


ヒーリングやスピリチュアルの勉強をしていると、ライトサイドとダークサイドとか聞くこともありますが、私にはその定義はよくわかりません・・・。

自立心とか、博愛とか、所謂ライトサイドの性質だって、過剰になれば悪い方に働くし、要はバランスなのかな、と思ってます。

まあ権威への恐怖とか、被害者意識とか、持ってない方が幸せなものは、確かにダークサイドの性質と言えるかもしれないけど、人間は色んな性質を併せ持ってるので、例えば被害者意識が強いからといって、「この人はダークサイド」とか決められないものです。

ただ本当にごく少数ですが、自分がライトサイドで、気に入らない人をダークサイド、と安易に分類する人もいました。
なので、私はこの分類自体に苦手意識があります・・・ガーン

ダークサイドの性質も持っている自覚も、バッチリありますし(笑)
でも自分の性質に気付いていれば、もうダークでもライトでもなく、ただそういう性質を持っているという事実でしかないと思います。

先日のリーディングのセッションで指摘されたんですが、本当に怖いのは自分の中にあるのに自覚していない、ネガティブな意識だと改めて感じました。

セッションで仕事の話題になり、「10年後も今の職場で働き続けたいか?」と聞かれました。
今の職場は、すごく楽しい訳ではないけど、嫌というほどでもない。人間関係も悪くはないし、人事評価には不満はあるけど、まあ自分一人が生活できる給料はもらえている。

そんな訳で、まあ働き続けても良いかなと思っていました。
そしてこの10年くらいで、社会も業界も会社もどんどん変化していることが、目に見えてわかるのは、楽しいと感じていました。

昔の上司は、競争を勝ち上がって来た人たちで、生産性を重んじるあまり、パワハラまがいのこともありました。
部下の方も、本当にやりたい仕事とか考えたこともなく、生活のためには仕方ないと、被害者意識で指示に従っていたり。
部長が会議室を使った後に、若い女性社員が片付けに呼ばれることもありました。
(自分が使ったものは自分で片付けろよ・・・苦笑)

最近の上司は、明らかに競争よりも全体最適化を重視する風潮になっています。
セクハラ、パワハラは悪いもの、という意識も常識になってきました。

私はお局(笑)ですが、後輩たちを見ていて、最近の若い人たちは、権威への恐怖心や、被害者意識が少ない人が多いと感じます。
もちろんそうじゃない人もいますが、全体的にエネルギーが軽いような。

仕事自体も、以前は大企業のお客様から大口契約を取ることが主流でしたが、最近は一つの仕事の規模が小さくなってきました。
物ではなく体験を売るとか、色んなものをシェアするとか。世の中を支えるしくみも、どんどん変化しています。

10年前と比べて、これだけ変化しているんだから、この先10年後にはどうなっているんだろう、とワクワクしています。
もしかしてチャネリングの本に出てくる、地球より進んだ星の社会、経済構造にどんどん近づいているんじゃないの!?みたいなニヤリ

まあ、私が職場から見える社会の変化については、語るとかなり長くなるので置いておいて・・・。
でも私にとって、この変化を見たい気持ちは、とてもポジティブなことだと思っていました。

でもリーディングの先生に言われたのは「社会も会社もどうでもいい。あなたは10年後の世界で何をしていたいの?」という、とてもシンプルな質問でした。

で、改めて考えましたが・・・私が思い描く10年後の世界に、私はいませんでした・・・ガーン
私は傍観者でしかない。
自分がその世界で何をしていたいか、なんて考えたこともなかった。

そこで先生に畳み掛けるように言われました。
「あなたの根底には、物凄くネガティブな破壊衝動があって、この世界が壊れていくのが楽しみで仕方ないんだね」

言われてみたら、本当にその通りなんですよ。
私を苦しめた社会が壊れるのが見たい。
もっと言うなら、その世界に特に努力することなく馴染んで、のうのうと生きていた人たちが、「こんなはずじゃなかった」と絶望する姿が見たい(←性格悪すぎるよ/笑)
そのためなら、私自身も一緒に滅びることなんて何とも思わない。

何年もヒーリングやカウンセリングを勉強してきて、自分自身を癒してきたつもりですが、まだまだそんな破壊衝動が残っていたことに驚きました。

自分でポジティブだと思っていたことが、全く違ったことに気付かせてくれた先生には、本当に感謝です。

さて10年後の社会で、・・・いやそもそも2020年の私は何をしていたら、幸せなのか。
まだ答えは出ませんが、少なくとももっと自分を癒して、更に自分と同じような苦しみを持って生きている人のサポート(というのもおこがましいですが・・・)ができるような人間になれたら良いなぁ、と思います。