いきなりなんですが、私はダメージデニムが大好きで、デニムの色落ちを見ながら酒が飲めます(笑)
ダメージ加工とか、補修の跡にもときめきます
デニムは色々持っていますが、ダメージ加工のカッコよさも良いし、ノンウォッシュを自分で履き込んで色落ちさせるのもワクワクします。
愛用のデニムの一つが、EDWIN 359BF の復刻モデル。ノンウォッシュから履き込んでました。
まあ平日はデニムを履けないので、着用頻度もあまりなく、長持ちしていますが、さすがにそろそろ穴が空いてきました。
リペアに出すか新しいのを買うか迷ったまま、ちらっとお店を見たら、これまたカッコいいノンウォッシュのデニムがあったので買い替えることに決定。
家に帰って新しいデニムを履きながら、古いBFをしみじみ眺めていると、何というか感謝の気持ちと一緒に、このデニムと過ごしてきた一つの時代が終わったなーという、不思議な気持ちが湧いてきました。
自分が社会に適応できないと思いながらも、何が違うのか分からず模索しながら、落ち込んで体調を崩したりして。そんな中、少し社会とうまくやるテクニックのようなものを学習して、なんだできるじゃん!と思ったり。
でも時代も自分も、社会が私に求める役割も変化してきて、今、また別の壁にぶち当たっていますが以前とは確実に違うステージにいるなと思います。
スピリチュアルでは「インディゴチルドレン」とか「インディゴの時代」なんて切り分けもあります。
まあ世代で人のエネルギーを分類するのは、大雑把すぎてあまり好きではないですが、人や小さな社会の中にはやっぱり「インディゴ」の役割をもつ時代があるんでしょう。
諸説ありますが私の解釈ではインディゴは、古いやり方の長所、短所を知った上で、新しいやり方を作っていく時代。
ある意味、周囲の古い価値観に合わない苦しみを味わうことになるので、新しい価値観への変容を当然として受け入れられるほど無邪気な時代ではないかもしれません。
今回、私の中のインディゴの時代が終わったような、そんなことを思いました。
たかがデニムの買い替えで、随分壮大な話になってしまいましたが・・・
コロナによる社会の変化もそうですが、社会も自分もどんどん変化していくんだなぁと、改めて感じました。
ちなみに新しいデニムは、紫色が強いヨーロッパモデル。革パッチのカタカナ表記がたまりません


