今日は知り合いのオーナーさんと会食。

ご兄弟が亡くなったそうだ。享年62歳。

早いな。最近、死生観に悩む俺にはあと8年かぁと。。。

 

でも、悩んでも仕方ない。自分の死期は、誰にも分らない。

そもそもこの50年間、いつ死んでいてもおかしくなかった。

リスクが上がるだけで、可能性はいつだって同じ。

 

うちの犬なんか、基本的に僕より早く逝くとは思えてはいても、

それが本当かなんてわからない。

 

この「わからない」に答えを求めるのは意味がない。

で、意味が分かるようにするには「わかる」答えを求めることかもしれない。

 

自分がなんで死ねないか?死んでは困るか?

漠然として死の先にが見えない不安はついて廻る。

それはみな同じ。

 

僕は生への意味ある答えは

「オラ、不動産王になってみせる」

 

いろんなオーナーと話していてよく聞くのは

「すべてをキレイにして死にたい」みたいな話。終活みたいな。。。

 

でも、俺は違う。

僕は財産的に親から何ももらえなかったから、息子や妻に大いなる遺産を残す。

別に親を恨んでいるわけではない。ただの現実。

 

人間の人生が70-80歳くらいで終わっても、

土地も建物も金融もしっかりしたものをこの血統に残す。

もちろん、選択は継承者に任せるが、

僕自身が生きてる間は、大いなる資産を築いて、次へ送ってみせる。

 

僕が築いた国は、僕が死んだ後も続く。

だから、僕はその駒のひとつ。

与えられた時間でこの血を継ぐ者に名誉と平和を作り上げる。