中学くらいから精神世界をさまよい始めて、どこへ行ったら本質的なものに会えるのか当て所もなくいろいろなものを読んだり、試したりしていました。
世の中において解の見つからない命題として、不条理がありました。
世の中を見ていると不条理で不公平だと思わることがたくさんあり、なぜなのか判りませんでした。
高校生のとき同じクラスの女の子が何の機会か忘れましたが、担任の先生に問われて皆の前でこんな話をしました。
世の中は不条理で不平等だ。自分に非常に有用な出会いができる人もいるし、そうでない人もいると。
私もこれに対する答えは判らず、ずっと見つからないままでした。
その後、TM(Transcendental Meditation:超越瞑想)という瞑想に出会い、インドのヴェーダの知識に出会いました。
そこには私の疑問、謎の答えはありました。
この宇宙は完全に平等である。カルマの法則が働いていて誰もが平等である。
これは思ってもいない答えで、衝撃でありました。
宇宙は誰にでも平等なんだ。
カルマとは、サンスクリット語で行動、行為という意味です。仏教用語(サンスクリット語が中国語に訳されたものだと思いますが)では、業です。
カルマの法則は作用反作用の法則であり、宇宙にあまねく働いていますが、作用と反作用の間に時間差があって判りにくくなっているので、皆が気がついていないだけです。
カルマの法則によると、ある行動、思考をすると、それは宇宙中に広がって跳ね返り、いつかこの行動、思考の反作用が自分ところに返ってきます。池に石を落とすと波紋が広がり、池の様々なものに当たって返ってくるように。
最初の行動、思考から自分元に戻ってくるまで、時間がかかるので、このような法則が働いているのに気がつきづらいだけなんです。時間には過去生の分もあるので、さらに判りにくいのです。
つまり、不調和的な行動、思考をすれば、それに応じて不調和的なこと、悪いことが返ってきます。
そして、調和的な行動、思考をすれば、それに応じて調和的なこと、良いことが返ってきます。
つまり自業自得です。カルマの法則は自業自得のことです。自業自得は仏教用語であり、仏教はインドで起きており、ヴェーダの知識を前提としています。
今の日本では、自業自得は道徳訓程度のものになってしまっていますが、宇宙の究極の原理なので、これを知らないと人生で損をしてしまいます。
昔、横浜駅で東急線の急行を整列乗車して待っていました。私は前の方に並んでいたので、空き席座りました。
そのとき後ろの方から人を抜き去って座った2人組の女性がいました。1人が相手にあんた凄いね(人を抜き去って座ったこと)っていったら、その当人はどうせ何かされる訳ではないから(ずるして)座った方が得じゃん、と返していました。
でも、得ではないんです。その人が起こした不調和は必ずその人に返ってきます。
カルマが返ってくるときは、その時のそばにいる人から返ってきます。不調和が返ってくるときは、そばにいるストレスにあふれた人から返ってきます。なので、その人が悪いのではなく、自分が以前にした不調和がいけないのであって、その人を恨んではいけないのです。すべては自分の責任なので。
このことは中々理解しがたく、自分に嫌なことをした人を恨んでしまいがちです。それがまた不調和的なカルマになってしまうので、仕返しとかしない方がいいんです。
私もそうだと思いながらも、中々そう割り切れなくて困ることが多いです。そういう人はストレスフルな嫌な奴には間違いないし。